数ヶ月前。

明け方に、夢を見ました。

 

あるグループが、アリーナ上で、ところ狭しとライブをやっているのです。

会場の熱気はすさまじかったですね。

 

僕は、そのグループの音楽プロデューサーをやっていました。

 

目が覚めると、すぐに、そのグループのひとりに電話をしました。

しかし、留守録だったのです。

 

「これは◯◯さんの電話でしょうか? こちらの名前をお伝えできず、申し訳ありません。折り返し、お電話をいただけますでしょうか?」

 

電話は、かかってきませんでした。

 

連絡を取る間が、しばらく続いてしまいますと、双方が電話番号を変わっていることも珍しくないため、このように、不審者のような形でメッセージを残すことがあります。

 

その夢も、突然であり、唐突だったのですが、僕には「そうなる」(大変な盛り上がりになる)という、確信がありましたので、迷うことなく連絡をしてみたのです。

 

先日、偶然、友人を介して、そのグループのひとりから「お会いしたい」と、連絡がありました。

 

正夢ってあるんですね。

 

そのグループの活動に際しましては、いろんな障害がありますので、彼らの熱意と、僕の確信で、目の前の道を切り開いてゆければと思っています。

 

ダメになってしまったときには、また、次の時期を考えればよい。

 

4月から、本当に忙しくなります。

自分の楽曲を書くよりも、面白い気がしています。

 

音楽で、世の中を幸せにする。

これに文句を言う人はいないでしょう。

 

ASKA

 

 

シードラーkaoliさんへ。

女子プロレス「シードリング」へのお誘い、ありがとうございます。

 

僕は、みなさんご存知のとおり、格闘好きですので、

比較的、時間のある今、非常に興味があります。

 

ただ、16日は、東京に居ないのですよ。

 

その辺りは、しばらく居りません。

 

いつか、タイミングの合った際には、ふらりと寄らせていただきたいなと思います。

 

プロレスリングに関しましては、いろいろ世間で語られていますが、ガチでもショーでも良いのです。

技とは、練習の成果です。

 

リアル格闘技には、先の読めないスリルがありますが、

それとは別に位置するものには、エンターティメントとしての面白さというのもあります。

繰り出す技の応酬に、唸る場面があります。

 

並の身体では、到底行えないラッシュがありますからね。

 

昔、力道山が、日本にプロレスリングを創設したときに、

戦争の敗戦で沈みこんでいた日本人に、多大なる勇気をもたらしました。

 

小さな日本人が、大きな外国人をバッタバッタと投げるわけですから。

僕の家には、もう物心ついたときにテレビがありました。

 

プロレスの時間になると、いつも、知らない人たちが我が家におりました。

街では、電気屋の前においてある1台のテレビに向かって、人だかりができていました。

それは街頭テレビと呼ばれていました。

 

僕の格闘好きは、3歳のころまでに植え付けられたようです。

「シードリング」ですか。

プロの肉弾戦、楽しみにしていますね。

 

 

ASKA

 

 

それから、

勘違いをして欲しくないところがあります。

 

今日の、自称ITジャーナリストも、とんだ間違いを発言しておりましたが、

バッテリーを外した携帯電話にはアクセスなどできません。

 

あの頃、僕はしばらく携帯のバッテリーを外して生活をしておりました。

が、ある日、それでも盗聴が始まったのです。

 

そんな時に思い出したのが。パソコンでした。

パソコンからやられていたのです。

 

つまり、バッテリーを外した携帯電話からやられていたのではなく、側にあったパソコンからやられていたということです。

 

僕がネットで1巻を公開したとき、同じような勘違いをされいた方が多かったのですが、あの1巻をコピーされておられる方は、もう一度読んでみてください。

 

僕は、そんなことは書いておりません。

読まれた方が間違えただけです。

 

結局、勝手に間違えた内容が広がり、僕の妄想と決めつけられてしまいました。

あの自称ITジャーナリストの発言は、その間違った書き込みを鵜呑みにしただけのことです。

 

ここは、ちゃんと説明させていただきますね。

 

ASKA

いろんな考え方があります。

僕は、この本を「告白本」「暴露本」とは、位置づけしていません。

 

これは「私小説」です。

 

「バイキング」のコメンテータで、自称ITジャーナリストは、本を読んでいません。

インターネット上の書き込みを、鵜呑みにしているだけです。

どこまでも浅いですが、それが、世の中なんだと思います。

これは、もう仕方がない。

 

僕の盗聴盗撮は、薬物と出会う2年前から始まりました。

その2年間を、妄想と決めつめるのには無理があります。

 

パソコンは数台持っていますが、遠隔操作により、2月には、2台のパソコンのログインパスワードが書き換えられてしまいました。

それらのパソコンは、思うところがありまして、現在、修理に出していません。

 

これまでネット接続をしていなかったパソコンで、これを書いています。

 

昨年は、さる機関に、

「絶対にネット接続だけはしないでください。」

と、パソコンを差し出したのですが、機関はネット接続をしてしまいました。

 

証拠のデータは、すべて消去されてしまいました。

それは、向こうも認めています。

大丈夫です。バックアップをとってありましたので。

 

まぁ、気長にやって行きます。

いろんなことに、しっかりと答えを出せるようになってきました。

 

僕への肯定者は、富みに増えてきました。

あの頃とは、もう違います。

 

ただですね。

目の前には、音楽の仕事が山のように積まれていますので、

まずは、それをやることがいちばんです。

 

可視光線、エルフ、ASKA「Too many people」発売記念特別回・・・。

 

隠れていないで、堂々とやれと言いたいのです。

 

もうすぐだ。

 

ASKA

 

 

 

 

 

カラオケ

カラオケ

 

 

むしろ歌った後で後悔することの方が多い

勝手にイントロが流れマイクを手渡されるのだ

 

行かなければ済む話なのだが

付き合いというものはその隙を与えてはくれない

 

他人が歌っているのを見るのは楽しい

そこには責任がないからだ

 

お酒の席は嫌いじゃないが

カラオケはどうしても好きになれない

 

出し惜しみしているのではない

心と身体がすり減ってしまうのだ

 

もっと気楽に受け入れれば良いのだろうが

軽く歌って「こんなもんか」と思われたくはない

 

もともと聴き手との距離が近いほど

緊張は増す

 

その昔

デビューしてまだ間もない頃だった

ステージを終えた後

知り合いに連れられてスナックに行った

 

そのスナックは僕が訪れることを知ったお客さんで満杯だった

まだ対応など慣れていなかった頃だ

みんな色紙を持っていた

 

僕はひとしきりサインを書き終わると

翌日のこともあり席を立とうとした

 

そのとき僕の曲のイントロが流れ出したのだ

ステージで歌った後は急速に喉が冷えてゆく

まして冷たいものを飲んだ後では歌えない

 

僕はマイクを持たされたまま

苦笑いで断り続けた

 

カラオケは1番を終わり2番になった

お客さんは手拍子をする

 

そしてとうとう最後まで

ひとフレーズも歌わないまま曲は終わった

満員のお客さんたちの不満顔が見える

 

店を出るときだった

ママさんから手を握られ

「応援はしていますが、本当に感じが悪かった。

うちの店のカラオケでは歌えませんか。

こんなにファンが集まっているのに」

と真顔で言われたのだ

 

集まったお客さんから見れば

本当に感じの悪い行為だっただろう

僕は謝罪をして店を出た

 

カラオケにはトラウマがある

よほどのことがない限り歌うことはない

 

歌うときは真剣だ

ステージの上だけでいい

明日、また「あの日」をくぐり抜けるのですね。

昔の人たちも、自らの経験を未来の僕たちに伝えようと、一生懸命だったのだということを、震災の後に知りました。

 

ここまで津波が押し寄せたのだということを、いろんなところに記していました。

 

しかし、時代はいつも新しいことを優先してしまいます。

昔の人たちの記したものを、新しいことが塗りつぶして行きました。

 

それでも、戦争だけはやってはならないということは、受け継がれています。

間もなく、その「語りべ」も、この世から居なくなるでしょう。

 

あの当時の、悲しみや苦しみの温度の100%を、僕たちが未来の人たちに、語ることは無理です。

どんなことも、伝え聞いたことでしか、ないのですから。

 

人の世とは、儚くも、そういうものなのでしょうね。

 

幸せの向こう側に悲しみがあるように感じてしまいますが、

幸せと悲しみはセットなのだと思います。

風にめくられるときもあれば、自らめくるときもある。

何が起こっても不思議はない時代の延長上に、未来があります。

 

「今、時代が変わった」という、感覚は、誰もが持っているのでしょうが、「今、風化が始まった」とは、決して思いません。

 

伝えられるところまでが、その時代を生きている人たちの役目なのでしょう。

 

明日で、7年目です。

彼が、学生であるならば、大学4年生になるのですね。

もう、何度観たかわかりません。

 

素晴らしい「答辞」でした。

Youtubeで観ることができます。

 

卒業式・東日本大震災

 

これは、伝えるべき作品だと思うのです。

 

ASKA

アイドル。

アイドル。

好きですよ。僕は。

 

世の中には、なくてはならないものだと思っています。

時代の象徴として、常にアイドルがいます。

 

アイドルとミュージシャンに線を引いて、ミュージシャンを「本物」と、呼ぶ傾向が常識となっていますが、

 

「アイドルには勝てないなぁ・・・。」

 

と、いう気持ちがいつもあります。

 

それを、いちばん強く感じたのが、東北の震災のときでした。

僕は、常々ステージでも語ってきましたが、あのとき僕は、動けなくなってしまったんです。

この国の誰もが、同じことを考えていました。

 

「自分にできることは、何かないだろうか・・・。」

 

この国が、紛れもなくひとつになった瞬間でした。

 

そんな時、被災地の、とある体育館に、「AKB48」が、現れたんですね。

沈みかえっていたこの国に、元気の泉のように現れました。

あの時、被災者となっていた、小、中、高生の顔は忘れません。

本物と呼ばれている、どのミュージシャンにもできないことを、一瞬にしてやってのけました。

 

本当に、思いましたねぇ。

 

「この国に、この時に、AKB48がいてくれて良かった。」

 

アイドルもプロです。

世の中を喜ばせるのに、アイドルもミュージシャンもありません。

 

そこに居る人を幸せな気持ちにする。

 

そんな音楽を作っていきたいなと思っています。

だって、

Beatlesは、世界中のアイドルですから。

 

ASKA

 

付録

付録

 

 

子供の頃

月刊雑誌の付録が楽しみだった

 

まともに組み立てたことのない

子供の科学物シリーズ

 

それがあるだけで

得した気持ちになったのだ

 

キャラメルを買うときもそうだった

キャラメルよりも

何が入っているか分からないオモチャに魅力を感じていた

 

僕はCDをリリースするとき

「先行予約特別仕様」というものを嫌った

 

なぜなら

最初に買ってくれたリスナーと

最後に手にしてくれたリスナーとに違いをつけたくないからだ

 

「それではイニシャルが稼げない」とレコード会社は言うが

かたくなに断った

 

自分の価値がそんなもので決まるなら

その程度のアーティストでしかないと思っていたからだ

 

いまでは配信の広がりで

そんな話はしなくて良くなったが

ある日

月刊雑誌の付録で得たあの頃のわくわく感を思い出した

CDの発売を待ってくれているリスナーに

楽しみを感じる付録があっても良いのかなと

 

僕の気持ちは

するりと向こう側に回った

 

この次は何か考えてみます

待っていてください

2月26日。

 

こちら側からは見えなくとも、おぼろげに輪郭を保っていた母は、

今日、ひとつの魂となり、あちらに行きました。

もう、鼻先に線香の匂いがすることもないのでしょうね。

 

49日。中国でも同じように伝えられているそうです。

 

いろいろなことがありましたが、

「Too many people」

リリースできて、本当に良かった。

 

僕は、以前から、アルバムはひとつの円だと語ってきました。

1曲1曲が、円の隙間を埋めるようにして、全体でひとつの円を作る。

 

「バリエーション」という、表現もありますが、

僕は、円と呼んでいます。

 

あちこちにあるレビューを、読ませていただき、

心の底から「このアルバムはみなさんと一緒になって作ったのだ」と感じています。

 

「選りすぐりの13曲」

と、お伝えしましたが、この円を作る13曲でした。

 

別の円を作る楽曲が、まだまだあります。

そして、その円を円にするために、必要な楽曲がまだあると感じるならば、

更に新曲を作っていくつもりです。

 

今から、音楽仲間に会いに出かけます。

別れ際は、おそらくラーメンでしょう。

 

僕の日常。

福岡と東京では、少し、違うようです。

 

みなさんは、おやすんでくださいな。

 

ASKA

なっちゃたよ、59歳。。。

そして、やっちゃったよ。

 

アルバムのクレジット。

これは、今回、もっとも大切に、慎重に進めていたつもりだったのです。

この状況で参加してくれた仲間ですので。

 

マスタリングをやってくれた、福岡の「龍王」さん、ギターの「狩野義昭」が、1曲クレジットされていませんでした。

 

本当に、失礼なことをやらかしてしまいました。

何度も、確認したつもりでしたが・・・。

 

ひとりひとりが、即戦力でした。

「申し訳ないことをした。」と、ASKAが言ってたよと、伝えてください。本人、もう、隠れていますので。

 

本もアルバムも、みなさんのところに届けることができて、本当に良かった。

 

そして、ここでのみなさんのコメント、amazonに寄せられたアルバムのレビュー。

 

五つ星を、たくさんいただきました。

でも、あれ、

実は、僕が全部書いたのです。

 

大変でした。

自分のアルバムを褒めるのが。

 

これからはASKAではなく「SAKURA」と、呼んでください。

 

今から、また、「アルバム最高!!」と、書きにいきます。

ひとり大衆をしばらく続けます。

 

ありがとう自分。

 

SAKURA

 

 

 

 

 

 

等身大。

先ほど、実家に、自宅に戻りました。

番組終了後、食事をし、そして今日協力してくれたメンバーとライブハウスに行ってきました。

 

爽やかな疲労感が少しあります。

今日(もう、昨日)1日、何を考えていたのか・・・。

 

僕は、良い歌を歌うことよりも、世間に受け止めていただける良い映り方をしなければならないということを考えていました。

 

「等身大の自分を見せる」と言えば、聞こえはいいのですが、きっと等身大ではダメでしょう。

 

例えば、人は、初対面の人と会う時、相手に嫌な思いをさせてはならないと、また、自分を良く見せようと、自分以上の自分を演じます。それが、等身大なのでしょう。本物の等身大は、それほどありません。

 

人は皆、自分がどれほどのものか、自分がいちばん良く分かっているからです。

 

テレビ西日本(TNC)「ももち浜ストア」では、30分間に渡る出演をさせていただきましたが、一生懸命、自分以上の自分を演じたのだと思っています。

正直な気持ちです。

 

それが、皆さんに、どう映ったのかは分かりません。

僕には、やりきったという気持ちがあります。

 

番組スタッフの皆さんは、(僕に)「良い空間を作るのだ」と、一丸となってくれました。

 

それに応えるには、自分以上の自分を見せるしかありません。

 

実は、出演に際しまして、TNCからの放送ではなかったのです。

福岡市内の、レコーディングスタジオからの中継でした。

 

誰にも邪魔をさせてはならないという計らいでした。

 

出演におきましては、いろんなことが秘密裏に行われました。

TNCと書かれた中継車がレコーディングスタジオの前にあっては、メディアに気づかれてしまいます。

しかし、中継にはアンテナが必要です。

TNCの局長さんは、隣のビルにアンテナを立たせていただくため、交渉に向かってくださいました。

 

人は、懸命になった時、思わぬ力と出会します。

人の縁、繋がりとは不思議なものですね。

実は、隣のビルの会社の社長さんが、偶然にも局長さんの学生時代の先輩だったのです。

 

話は、すぐに纏まったそうです。

 

一丸とは、すでに等身大ではありません。

それ以上のものを生み、作り出します。

 

久しぶりに、この言葉を思い出しました。

 

「もし、あなたが10に行きたいのなら、11を目指しなさい。」

 

「Go to Eleven!」

 

「物事は、等身大では届かない。更に上を狙って、やっと届くものだ。」

 

自分以上の自分を見せる。

きっと、僕は11を目指した日だったのでしょう。

 

「700番 2巻/3巻」が、すでに書店に並んでいるそうです。

たくさんの時間を与えていただきましたが、やはり、語り尽くすことは無理でした。

 

本という形を取ったことは、間違いではなかったと思っています。

ぜひ、読んでみてください。

 

TNCの皆さん、協力してくれた仲間たち。

そして、番組を待っていてくださった皆さん。

 

本当に、どうもありがとう。

やはり、最後は、この言葉です。

 

感謝です。

 

ASKA

明日、2月15日。

テレビ西日本ももち浜ストア」(16時50分より放送)に、出演することになりました。

この出演に際しましては、綿密な打ち合わせをいたしまして、テレビ西日本の音楽スタッフが結集してくれております。

 

インタビュー、そして「FUKUOKA」を、歌うことになります。

 

これが、世の中にどう映るのかはわかりません。

 

再出発は、ふるさと福岡から。

願いは叶いました。

 

翌日は、当日のメイキングも放送予定であるということも聞かされています。

 

しかし僕は、この出演を再活動へ向けて動き出すためのきっかけとは捉えておりません。

あくまで、流れの中で決まった出演です。

 

まだまだ、向かい風は強いでしょう。

 

現在の僕を知っていただくための出演です。

 

この先に見えてくるのは、どんな景色でしょう。

今の僕を知っていただければ、十分です。

 

ありがとう。

 

ASKA

 

 

ブログを始めてから、半年が過ぎました.

以前より、皆さんからこのブログの書き込みは、

 

はてな会員だけにすればどうか?」

 

と、いう投げかけをたくさん頂きました。

 

これまで、書き込みはフリーにしてきましたが、

思うところもあり、そろそろ、そうした方が良いかなと考えています。

 

と、いうのも、このブログのログインが、第三者によって不正アクセスされているからです。

少し前から、それは知っていたのですが、パスワードを変更しても、変わりません。

記録は、残してあります。

 

僕のパソコンへもそうです。

はてな」のプロフィールでは、必要以外の項目は記述していませんので、マズいのは、アドレスを抜かれたぐらいですかね。

まぁ、重要なことではありますが・・・。

 

最近、コメントを荒らしてしているのも、彼たちです。

 

管理者権限を破られておりますので、今後、このブログを書き換えられることも予想しておかなくてはなりません。

その他のことも、いろいろ分かってきています。

 

僕は、これからも、変わらず、動じず、

エントリーしていくつもりです。

 

ありがとう。

 

ASKA

月命日。

今日は、母の月命日でした。

 

もう、1ヶ月になるのですね。

 

残念ながら、福岡へ帰ることはできませんでしたが、

窓辺に、1杯のお水を置きました。

 

時々ね、分かるんですよ。

母が来ているのが。

 

ふと、鼻先にお線香の香りが漂います。

福岡と、東京を行ったり来たりしているのでしょうね。

 

四十九日は、特別な日です。

その日を境に、母は残された家族の姿も見えなくなります。

その後は、魂となって寄り添ってくれるのでしょう。

 

今回のアルバムの1曲目となります「FUKUOKA」を、

とっても気に入っておりました。

 

もうすぐ、その曲を歌う日が近づいて来ています。

しっかり、歌いますね。

スタジオの、どこかで見てくれているはずですから。

 

ASKA

 

音楽誌の取材。

あれから、初めての音楽誌の取材を受けました。

 

音楽と人

 

以前、2度ほど、その雑誌に載りました。

取材において、語ることを事前に考えたのは、初めてのことでした。

 

ライターの方は、ニューアルバム「Too many people」のことだけを語って欲しい」と。いうことでしたが、読み手には不自然でしょう。

 

僕は 、やはり事件から語らなければ不自然だと思い、それを伝えて取材は始まりました。

 

静かな空気の中で取材は行われました。

ライターの方は、もうアルバムを聴きこんでくれていて、歌詞中のフレーズなど、すっかり覚えてくれていました。

 

取材の中で、自分ではしっかり胸に刻んでいたことですが、言葉にすると、再び熱い気持ちが口から溢れてきました。

 

このアルバムは、仲間の支えによって完成できたのだと。

 

参加してくれたミュージシャンたちは、皆、一線で活躍している人たちなので、ほぼどこかの事務所に所属しています。

 

コンプライアンスの問題で、事務所との衝突もあったことが、様子から伺えましたが、誰もそれを口にしませんでした。

 

これまでも、小さなことや、受け取り方の違い、誤解はあったでしょう。

 

僕が、気づかなかったことがあったと思います。

それでも彼たちは、「何があっても仲間だ」「家族だ」と、いう気持を、持っていてくれましたので、壁を壁とせず、それを飛び越えて参加してくれました。

 

スタジオでの演奏後に、ひとりひとりが、カメラの前で、集約された気持を語ってくれていた映像を、先日観たばかりでしたので、取材中、鼻の奥がツンと熱くなりました。

 

音楽と人

 

は、3月上旬の発売です。

 

ASKA