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人生、晴れたり曇ったり。それはお空のご機嫌だけで、その下を歩いている人の気持ちに応えたものではありません。空を見上げて、青空に清々しい気持ちになる人もいれば、青さを痛く感じる人もいます。同じように、曇り空に、どんよりとした気持ちを抱く人もいれば、ホッとする人もいます。僕たちに与えられているのは、どんな時も歩いて行かなければならないということです。時には、時々、立ち止まりながら。立ち止まることに理由があっても、なくても、人は必ずそうします。

 

僕たちは、いつも景色の一部です。景色が僕たちなのかもしれません。それを、自然と呼ぶのでしょう。ふと、立ち止まる人を責める人は、自分が歩いているということに優越感を感じている人でしょう。人には歩幅があり、歩くスピードも違います。大切なのは、目指すものがあるのか、ないのかなのだと思います。嵐の中で、身をかがめ、動けなくなることもあるでしょう。差し出される手に、手を預けられない時もあります。それを見送ることしかできない時があります。空が晴れたら歩き出す。詩的には美しい表現ですが、それを現実に持ち込むのは、非常に難しいことです。動けなくなった時には、空を見上げる余裕もありません。時間は一定に流れますが、それを緩やかと受け止めるか、急かされると受け止めるか・・。やっぱり、最後は心の持ちようなんですね。弱っているときに無理に歩いても、目指す景色は、ただ遠いものとしか映りません。街の景色は、変わって行きますが、変える人たちの手によって変わって行きます。自然によって変わる景色もありますが、気の遠くなる時間を経なければなりません。自分に置き換えてみました。変わる景色を見せて行くことが大切なのではないかと。もちろん、ものごとにはチャンスというものがあります。チャンスにも、種類があります。機が熟すのを待つ。反対にチャンスを引き寄せる。僕は、歩き出すことを決めました。この行為は、後者の方法でしょう。そうするには深い考えと、強い意志が必要です。ひとつひとつの行動には考えがあります。上手くいかなければ、当然だと言われるでしょう。行動を阻む者も出てくるでしょう。覚悟はあります。僕には、こんな考えがあります。

負けは負けを認めたときに負けるのです。

 

そんな心境かな。

ありがとう。