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ニール・コンティ

MTVアンプラグド。「楽しかったか?」。手放しで、楽しかったとは言えません。あの1時間20分は、ただ必死でした。「700番」にも書きましたが、世界的なアーティストが、ライブの不出来で、放送中止になったことが、頭から離れない中でのライブだったからです。このブログでは「縁」や「不思議なできごと」がいくつか登場しましたが、この話もその手のものです。

 

アンプラグドのリハーサルは、毎日しつこいくらい行いました。外国人ミュージシャンは、その気迫が伝わったのか、毎日僕たちに付き合ってくれました。

 

ドラムのニール・コンティの話をします。彼は、当時、ヨーロッパを席巻した「プリファブ・スプラウト」のメンバーでした。ピアノのジェス・ベイリーが声をかけ、口説き落として、このセッションに参加してくれたのです。スネアの音色、彼独特のグルーブが売りでした。彼は、スタジオミュージシャンとしての毎日を送っていたのですが、親友のジェスに付き合ってあげるという気持ちでのアンプラグドセッションとなったのです。日本のミュージシャンのサポートには、きっと興味はなかったのでしょう。初日のリハーサルでは、その音色、テクニックに魅了されたのです。しかし、数日間、どこか納得のできないプレイをしました。言葉は悪いですが、上から目線なのです。要求を聞きません。同じ曲を、何度もやることに真摯な態度が見受けられませんでした。

 

「OK!」

 

とは、言うものの、僕らに寄り添ってこないのです。リハーサルにもいちばん最後に現れ、終わるとカットアウトのような帰り方をしました。それでも、音の鳴りはさすがでした。腫れ物に触るような存在でしたが、それでも彼とやれるという喜びでリハーサルは行われました。集められたミュージシャンは、ロンドンのトップクラスのメンバーです。他のメンバーは、僕らに敬意を払ってくれましたが、ニールだけはそうではありませんでした。1曲、1曲の完成度は高かったのですが、途中から思うことがありました。歌いづらいのです。ボーカルが伸び伸びとできないのです。サウンドに気を遣いながら、やっと歌っているという状態でした。毎日が不完全燃焼でした。僕は、歌を歌うとき、歌を揺らします。

この瞬間は、溜めて歌ったり、または突っ込んで歌ったりと、様々に変化させながら歌います。それが、どうしてもできないのです。僕の歌が歌えないのです。

エモーショナルな表現ができません。安全に言葉を置きにゆくという歌い方になってしまいます。歌い終わった後に満足が残らないのです。1週間を過ぎた辺りで、それが何故なのかに気がつきました。ニールです。ドラムです。彼はプロ中のプロです。ニールの叩く鳴りは最高なのですが、ひとつひとつの楽曲のキャラクターを無視して、叩いてることに気がつきました。プライドの高いニールに、どう伝えようかと悩みました。ニールの持ち味はグルーブなのですが、そのグルーブが邪魔しているのです。揺らしながら叩くのは、楽曲に味をつけますが、揺らしすぎるとリズムはリズムではなくなり、ずれているだけのものになります。僕は縦の線がしっかりしたドラムを好みます。その縦の線をかいくぐるように歌を表現いたします。ドラムが揺れていては、それができないのです。日本のミュージシャンをバカにしてるとは言いませんが、「こんなもんだろう」という、彼の演奏に我慢ができなくなりました。ジェスを介して伝えてもらうのが最善だったのでしょうが、とうとうリハーサルの途中で歌を歌うことを止めました。僕が、途中で歌を止めることは、それまでなかったことなので、みんな驚いて、演奏が止まりました。

 

「どうしたの!?」

 

ジェスが言います。

 

「ごめん。もう一回最初からやろう。」

 

そして、もう一度イントロから始めました。気を取り直して歌ってはみたものの、やっぱり歌えません。また、途中で歌うのを止めました。スタジオの空気が変わります。ジェスが駆け寄って来ます。少しの間考えましたが、上から目線のプレイに、もうこれ以上気は使えないと。僕は、振り返りました。

 

「ニール。リズムが悪い!歌が歌えない。集中して欲しい。」

 

これまでの音楽生活の中で、こんなことを言ったのは初めてのことでした。

ニールの表情が変わりました。

 

「集中してるよ。」

「ニールの音は大好きだけど、揺れすぎて歌えないんだ。」

 

周りのミュージシャンは黙ったままでした。ジェスがニールのもとへ駆け寄り、小声で何かを喋っています。聞こえませんでしたが、僕の説明を柔らかく伝えているのでしょう。そして、ニールが僕に言いました。

 

ASKA、もう一度最初からやらせて。」

 

実は、ニールは他のミュージシャンからも同じようなことを言われていたのです。それを見抜かれてハッとしたのでしょう。その後のプレイは変わりました。

とてもタイトに、そしてニール独特のグルーブが加わった演奏になりました。

立場関係が変わったのです。翌日からのニールは、とても紳士的になりました。

 

休憩中も僕らに交わるようになりました。日本のミュージシャンへの偏見がとれたのです。アンプラグドライブ本番でのニールの演奏は素晴らしかったですね。その後、ニールは日本での僕らのアルバムにも参加してくれました。ハイハットを叩く腕の柔らかさ、腕のしなりなど芸術的でした。最高のドラマーです。

 

それから、数年後。ある日、僕はASKAバンドの連中と六本木の外人クラブに居ました。前に紹介したママさんの店です。メンバーと、あの時のニールとのやり取りを話していました。悪口ではなく、ミュージシャンが力量を発揮したときの演奏は凄いという話で盛り上がりました。

 

明け方、5時頃に店を出ました。外は、もうすっかり明るくなっていました。僕は、お酒を呑んでいませんでしたので、駐車場に向かおうとしたときでした。外国人がひとりで歩いてきたのです。六本木は溢れるほど外国人が居ますので、珍しい光景ではありません。すれ違いざまに「ハーイ」と、声をかけました。外国人も「ハーイ」と返してきました。何気に目が合ったのです。もう、ビックリしたのなんのって・・。

外国人はニールだったのです。

 

「ニール!!」

「ワオ!ASKA!!」

「何で、日本に居るの?」

「ライブで来てるんだよ。」

「信じられない!」

「実は、今日一日中、日本のレコード会社のスタッフに、ASKAと連絡は取れないか?と、言ってたんだよ。でも、みんなASKAは知ってるけど、連絡先は分からないと言われてさ。」

 

こんなことってあります?店を出るのが、10秒遅かったら、ニールとは遭遇してないわけですから。僕らは抱き合いました。

 

「ニール、これらどうするの?」

「良い店はないかと探してたんだ。」

 

もう、明け方です。多くの店は閉まってます。それでも、こんなハプニングで高揚した僕は、ニールをどこかに連れて行ってあげたくなりました。探しましたねぇ。1時間ほど探したでしょうか。もう、ビジネスマンが、歩き始めていました。僕たちは六本木の交差点まで戻り、客引きのひとりを見つけました。

 

「この時間に空いてる店はない?」

「早朝から、やってる店が一軒あるよ。」

 

教えられた店は、直ぐ近くのビル内にありました。もう、どこでもよかったんです。2時間ほど盛り上がったでしょうか。あれ以来、ニールとは会っていませんが、今も、ヨーロッパを股にかけて、プレイしていることでしょう。ホント、こんなことってあります?

あ、その店ですか?

「早朝キャバクラ」と、書いてありました。

ASKA