C-46

そこは、フレンチレストランでした。目の前には、漫画家の巨匠、弘兼憲史さんがいました。この方の漫画は、もう漫画の領域を超えて、小説だと思っています。小説を絵で表している方なのだと思っています。誤解をされては困りますが、小説家の方が漫画家の方より勝っていると言う意味ではありません。僕が弘兼さんに抱いている感覚です。弘兼さんの描くストリーは、どれも素晴らしく、まるで一冊の本を読んだような気持ちで、心が満たされてしまうのです。それまで、何度もお話をさせて頂きましたが、食事をご一緒するのは初めてでした。人の気持ちを、素早く、そして深く読み取れる方のだという瞬間がありました。僕は、一瞬にして弘兼さんに惹かれました。弘兼さんは、僕の歌も知って下さっていて、「歌を作る」「漫画を描く」という、お互いの作品、立場を語り合いました。食事も終わる頃、僕はこう思ったのです。伝えました。

 

「弘兼さん、僕の歌を弘兼さんの作品のひとつに加えていただけませんか?」

 

僕は、僕の体験談から「C-46」の話をしました。

 

「良い話ですねぇ。描きましょう。」

 

こういう経緯で「C-46」は、弘兼さんの「黄昏流星群」の一遍に加わりました。どんな作品になるのか、毎日が楽しみでした。そして、2週間後、ふと思ったのです。あの曲をハッピーエンドにしたいと。思ったら、直ぐ行動。僕は、弘兼さんに電話を入れました。

 

「弘兼さん、作品の具合はどうですか?」

「もう、描き上げて編集者に送りましたよ。」

「ああ・・。そうですか・・?」

「どうしました?」

「いえ、ちょっと思いついたことがありまして・・。」

「何でしょう?」

「あの登場人物の最後を、ハッピーエンドにしたいんです。」

「もう、間に合わないですねぇ。来週掲載されますからねぇ。」

「わかりました。とても楽しみにしております。ありがとうございました。」

 

「C-46」は、愛し合い、そして別れたふたりが一緒に過ごした部屋を懐かしむという歌です。

 

別れたふたりは、その若き日の恋愛を胸に抱き、年を取ります。あ互いの人生が幸せであることを願いながら。主人公の男は、ふたりが暮らした、そのマンションの前を通る度に、その部屋を見上げてしまいます。男は、妻を亡くしました。妻を心から愛していました。それでも、若き日のあの楽しかった恋愛を思い出すことがありました。年を取り、お金もそれなりにあります。男は思いました。いつも見上げていたあの部屋に、もう一度住んでみたいと。ふたりが住んでいた頃の部屋の窓は、ブラインドでした。見上げ続けていた部屋の窓は、何十年もの間に何度もカーテンのデザインが変わりました。いろんな人が、あの部屋で過ごし、そして、引っ越していったのでしょう。人間模様が繰り返されたのでしょう。そして、ある日、その部屋の窓はブラインドに変わりました。

偶然でしょう、あの頃、ふたりが暮らした薄いブルーのブラインドでした。想い出します。その住人が引っ越すのを待とうと考えました。それから、2年の月日が流れました。想い出します。フローリングの床、まるでプラットホームのような長四角の部屋、彼女の少し外れて歌う鼻歌。角の丸いテーブル、一緒に買った座り心地の良いソファ・・。今、住んでいる住人が引っ越しをしたら、その頃と同じような家具の配置にしてみたいと。男は、待ちましたが、引っ越しの気配はありません。男は、その住人に交渉してみたいと考えました。マンションのオーナーを尋ねて行きます。オーナーは、男のことを覚えていました。

 

「あの部屋を、譲っていただけませんか?賃貸しではなく、買いたいのです。」

 

オーナーは、言いました。

 

「今、住んである方も、あの部屋をとても気に入ってくれています。どうですか?直接、交渉をされてみてはいかがですか?」

 

数日後、その部屋のブラインドの隙間から明かりが見えました。その部屋に、人が居ることを確認できました。男は、勇気を出します。細い階段を上がりました。部屋のドアの上には「201号」と描かれたパネルがありました。懐かしいパネルです。こんな夜に、突然チャイムを鳴らされたら、住人は驚くでしょう。迷いました。ドアの前には、ひとりの老人の葛藤がありました。指先にインターホンが触れます。男は、ついにそれを押してしまったのです。ドア越しに「はい!」という声が聞こえます。住人は女性でした。どう説明すれば、この部屋を譲ってくれるのでしょう。

 

「突然、もうしわけありません。」

「どなたですか?」

 

ドア越しでの会話となりました。そして、ドアは開けられました。出てきた住人は、老女でした。若き日に愛し合った彼女だったのです。ふたりは言葉なく、涙だけが溢れ合いました。

ASKA

評価

今ね、自分の手を眺めていて、ふと見つけたものがありました。右手の中指のホクロが薄くなって、ほとんど見えなくなっていました。子供の頃から、目印のようにあったホクロなのに。年を取ると、ホクロが増えて行くということに、逆行しているなぁと。わりと気に入ってたんです。どちらにせよ、身体は少しずつ変化していってます。心も同じなのでしょう。変化するということは、自然なことです。変化は、受け入れなくてはなりません。それでも、無くしてならないものがあります。気力です。元、読売ジャイアンツ4番バッター王さんから頂いた言葉です。

 

ASKA君、気力」

 

本当に、そうだなぁと。どんなピンチを迎えても、最後に残るものは、気力なんだと。王さんは、何歳の時に、この気力に気がついたのでしょう。運動選手には、必ずスランプというものがあります。僕の持論なのですが、身体はミクロの単位で、毎日変化をしています。そのミクロな変化に、身体を、または自分のフォームを合わせていくことは不可能です。前日までは、上手くいっていたのに、一日を境にして上手くいかなくなる。実は、一日ではないのです。ミクロの変化が、ある日とうとうラインを超えた日から、上手くいかなくなるという現象が、スランプと呼ばれ始める日の始まりではないかと考えるのです。

 

スランプからの脱出に「基本に戻れ」「元のフォームに戻れ」という教えがありますが、それは違うと思うのです。上手くいかせるためには、ミクロで変化し続けている身体に合ったフォームを探さなければならないと、思っています。

それを、見つけたときにゾーンに入ります。ゾーンはしばらく続きますが、自分の意識していないところで、絶えず変化は起こっています。そして、またある日、スランプに陥ります。このゾーンの状態を、少しでも長く維持するためには、日々の怠らない練習だと思っているのです。大リーグのイチローの凄さは、そこに集約されているのだと思っています。僕も、自分のゾーンを長くしたい。それは、日々言葉と向き合う。メロディを浮かべる。形にならなくても良いのです。その時に合った、またはその年齢に合った作品を紡ぎ出してゆく。

 

結果は現象です。やはりプロフェッショナルである以上、結果は気にしなくてはなりません。事実ですから。しかし、評価は人々の胸の中で様々な顔を見せます。今の僕は、評価の方が大切でしょう。評価は、ミクロに変化しながら、ある日、例えば影響力を持つ人の発言で、あるラインを超えます。それに、影響された人々を大衆と呼びます。大衆はブームに乗りやすい。ブームには必ず終わりがあります。大衆は次のブームの尻尾を追いかけます。今、僕の音楽を聴いてくれている方たちは、大衆ではない方たちです。評価をしていてくれている人たちなのだと思っています。その評価に応えるための音楽を目指しています。

 

「自分の音楽を探究する」

 

強い言葉ではありますが、評価を無視した音楽作りだけは、してはならないと思っています。少しでも長くゾーンでいたいという想いが、僕の音楽の根幹です。そこに魂を宿らせようと思っています。

 

今日も、一日どうもありがとう。

おやすむね。