心って感じ合えるんです

先ほど、ASKAバンドのコーラスの一木と、福岡天神で別れました。

「送りますよ」
「いや、いいよ。いつも申し訳ないから」
「直ぐですって。駐車場、直ぐですから、行きましょう」
「ほら、車(タクシー)来たし、あれに乗るよ」
「今日は、一日空いてるんですから送りますってば」

いつも、一木は、そう言いながら、僕を家まで送ってくれます。
でもね。
やっぱり、そうはさせられません。

目の前にタクシーが来ましたので、それに乗りました。

ASKAさんですよね?」
「はい、そうです。こんにちは」
「ご自宅ですか?」
「ええ、そうです」
「わかりました」

ん?
以前、乗ったことがある車に、偶然出くわしたのかと思いました。

「私、〇〇の〇〇さんが、担当される取材の時に、いつも乗車いただいていたんです」

本当に、驚くなぁ・・・。
〇〇さん。
報道関係の記者さんなんですが、これまで、約40年の活動の中で、最も心に残った方です。

2016年の2度目の逮捕。
あのような状況で釈放をされたのは「昭和」「平成」で、初めてのことなんです。

それだけに、母の看病で福岡に戻って来ている最中も、
たくさんのメディアが、自宅前で、早朝から深夜まで、ひっきりなしに並んでしました。

友人をたどって、なんとか、コンタクトを取ろうとされる方。
直接、インターフォンを鳴らされる方。

みなさん、お仕事なのでしょうが、本当に大変だったと思うのです。
真冬ですからね。

福岡の冬は寒いんです。

しばらく家から出ることは、ありませんでしたが、
僕は、身体がなまってしまうと思い、さすがにこの時間はいないだろうと考えて、
まだ、暗い中、朝早くウォーキングに出かけました。

ちょうど、スマホの携帯用充電器が欲しいと思っていました。
帰りにコンビニに寄って、それを買おうと、スエットのポケットに、3000円入れてのウォーキングでした。

あんなに朝早かったのに、すでに数名のメディアの方が外に待機されていました。
その日は、特別寒い日だったのです。

マイクを向けられても無言で通そうと思ったんですね。
僕に、添って一緒に来られましたので、

「ごめんなさい。ウォーキングです。一緒に来られても困ります。戻って来ますので」

そう伝えると、直ぐに僕を一人にしてくれました。

とは、言ったものの、約2キロ歩くわけです。
ランニングマシンの、「早足設定」で、歩いて、20分です。

でも、その日は、ゆっくり歩きたかった。
なにせ、22日間、拘束されていましたので、久しぶりの自由からゆっくりと歩きたかったのです。

信号だってある。

40分近くかけて歩いたんじゃないかな・・・。
歩いていても、身体が温まらない。

それほど、寒かったんです。

家に近づくにつれ、僕の頭の中にはメディアの方のことが気になり出していました。
僕は、歩いているからいい。

待っている方たちは、凍えるほど寒いはずだと。
過酷な仕事だなと思ってしまいました。

そして、家の近くのコンビニに寄った時、充電器を買うのを止めようと思ったのです。
こんな寒い中、仕事と言えども、僕の、

「戻って来ますので」

を、聞いて、僕を解放してくれた方たちは、僕の帰りを待っているでしょう。
温かい缶コーヒーを買って行ってあげようと思ったのです。

「いい奴に思われたい」

そんなことは、微塵も考えていません。

帰りを待っているメディアのインタビューには、答えるつもりはありませんでしたので、
僕の発したあの一言により、期待をさせてしまった方々を裏ぎる行為をしてしまう。

僕には、メディアの人数が、はっきりと確認できてませんでしたので、多めに買おうと。
10本だったかな・・・。

充電器って意外に高いんですね。

それは、また後で買えばいい。

家にたどり着くと、やはり、待っていました。

あの時、僕は、なんて言ったんだろう?

「これ、どうぞ・・・」

だけだったんじゃないかな?

インタビューを、受けるわけには行きませんでしたので。

その後、直ぐに、一通の手紙が届きました。
丁寧に、真摯に、あの日のお礼が書かれてありました。

あの報道関係の記者さんからです。

内容は控えますね。
しかし、こんな方もおられるんだと・・・。

その方の名刺は、今も持っています。

その後も、数通、お手紙をいただきました。
本当に人となりが見えるお手紙でした。

それから、僕は、夏を迎え、例のMV収録をやることになりました。

ある連絡が、会社に入りました。
缶コーヒーのお礼の手紙を書いてくださった、その記者さんからでした。

東京に転勤となったとのことです。
スタッフから、それを聞かされた時、即答でした。

「お会いしたいよ。ぜひ、MV撮影に参加してもらいたい」

お会いしたかったのです。

楽屋で、お会いしたその記者さんは、頂いた手紙で、僕の胸を熱させたそのままの人でした。

数日前も、お手紙を頂いていたのです。

いつもなら、一木に送ってもらうところを、本当に今日に限って、断りました。
一木は、マネージャーではないんです。

バンドの仲間です。

その、今日に限って乗ったタクシーの運転手さんから、記者さんの名前が出ました。
福岡の人口は、200万人以上です。

そんな中で、心に残った人の名前が運転手さんから出たのですから、驚きを通り過ぎてます。

ASKA さんのお宅へは、何度も行ってるんですよ。〇〇さん、一生懸命でした。
  とにかく、応援したいと、一点張りでしたよ」

「あの日(コーヒーを渡した日)、いつもは物静かな方が、車に飛び乗って来て、直ぐ会社まで行ってくれと。
 それは、それは、大喜びされてました」

「そんなことがあったんですね」

「はい。あの方は、仕事に厳しい方なんです。私、あの人が大好きでして、事件で、ご遺族となられた北九州の方の家に、お花を届けに伺ったこともあるんですよ。なかなか、できることじゃない」

そうなんです。
頂く手紙は、そういう人だと感じる内容、そして、そう思えてしまう文字で埋められています。

今は、取材する人、される人の関係ではありません。
年内に実現しそうな、その場所へは、必ずご招待をさせていただきたいと思っています。

ぜひ、オーディエンスになってください。

心って、感じ合えるんです。


ASKA(2018/4/02 18:32)

 

 

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