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ありがとう。

皆さんへ

 

私は覚せい剤で逮捕され、2年前に刑事裁判で判決を宣告されました。

その頃の私は、「やはり私ではなかった」と、今、思えています。

 

壮絶な盗聴盗撮に悩まされ「何としても犯人を突き止めたい。」その一心で、ひとりもがき苦しんでいました。毎晩寝ずにネットに張り付き、睡魔に襲われながら見えない敵に向かっていました。そのような時間の中で、自分の精神は摩耗して行き、やがて音楽活動にも支障を来しました。結局、暗黒の扉を開けてしまったわけです。そのドアには鍵がなく、いつでも直ぐに戻って来られるため、安心して向こうとこちらを行き来するようになりました。純白は、一滴でも他色が混ざると、二度と白には戻れません。それでも、できる限り白に近い色でいようとする心、そして、染まってしまった心の諦め。このふたつを懸命に使い分けていました。幾度も思いました。あの一滴さえなければと。そして、それは神様が存在を現すかのように、白日の下に晒される結果となってしまいました。

 

私は、今年1月に「700番」というブログをネットで発信しました。しかし、その行為により、私の盗聴盗撮犯に対する言動を問題視した周りから、保護入院という世間から隔絶された世界での生活を余儀なくされました。過酷な4ヶ月間でした。「700番」では、冒頭謝罪の言葉を述べさせて頂きましたが、私の盗聴盗撮犯に対する言動など、その内容は過激過ぎたようです。あまりにも具体的すぎて、私が病気であるとの疑いをもたせる原因になってしまったのだと受け止めています。

 

当時の私は、盗聴盗撮の事実を周りに信じもらおうと必死でした。追い込められていたのだと思います。それを見ていた周りの、私にとった行動は、至極尤もだったと言えます。

 

入院してしばらくして、私が病気ではないと確信した弁護士等の手によって、病院を退院することができました。しかし、医療上のルールにより、直ぐには解放とはならず、任意入院という形で九州の病院に転院し、1ヶ月後の6月15日に、やっと退院することができました。

 

その間、新たな人との出会いもあり、自分のことを信じてくれた弁護士、医師、知人などが心の支えとなり、平常心を保つことができました。私を待ってくれている方たちが居ることを知れたのは、何より励みとなりました。音楽への情熱の灯火を失わなかったのは、本当に、みなさんのお陰です。

 

私は、退院後、忘れかけていた自由を取り戻しながら、今後、降りかかってくるであろう現実に目を凝らしていました。

 

失われた5ヶ月間、世間では私が病気で精神病院に入れられことだけが、広がっているだろうと考えていました。「700番 第2巻」の公開に、精力を傾けていましたが、まずは、私が元気であることを皆さんにお伝えすることが第一だと考えました。それにより、活動に於いての危険が伴うのも承知でした。突然のブログです。私に対する批判や糾弾で炎上する可能性も十分予想した上での公開でした。

 

公開後、いちばんの懸念は、また何者かによってブログが削除されるのではないかということでした。目立たぬよう、ひっそりと始めました。気づいてくれた方たちの伝達力に委ねようと思ったのです。1ヶ月間で10万アクセスくらいあれば、喜びとしようと考えていたのですが、みなさん、そして思わぬメディアの協力を得、850万アクセスとなりました。膨大なアクセスの中、ブログが荒れることがなかったのは、ひとえに皆さんの温かいコメント、そして私に向けていただいた未来力が、この場所に生気をもたらしたのだと、今、振り返っています。自分の中のみなぎるエネルギーが、毎日、毎日蓄積されていきました。心より感謝いたします。

 

私は、九州の病院に転院してから自由を取り戻し、新しくいろいろな人と出会いました。

また弁護士とも、これまでのことをじっくり話す機会に恵まれました。

1月のブログを発信した頃よりも、周りが見えるようになっています。

 

今回のブログでは、盗聴盗撮集団への敵対心を持たない投げかけ、専門家によるセキュリティへの指示により、パソコンや携帯電話への不正なアクセスは、一切なくなりました。音楽という仕事を邪魔されないのであれば、盗聴盗撮集団については、もうどうでもよくなってきました。

 

私はこのブログで、私が元気であることの証明が成されたと思っています。

九州の病院へは毎月通っております、退院後のルールということなので、仕方ありません。医師とは何気ない話をしております。これも縁だと感じられる繋がりが持てました。マスコミ対策までしてくださっています。

 

最後に、「700番」では、みなさんへの謝罪を書きましたが、このブログの最終日は、もう一度ちゃんと謝罪をさせていただこうと、最初から決めておりました。まずは、ブログをとおして元気な姿をお見せし、病気ではないことをご確認いただき、そして、その上での謝罪。このプロセスを踏むことにより、私の声を感じていただける謝罪になるのではないかと考えました。今日を迎えるこの日まで、私の脳天気さにイライラさせてしまったみなさんには、本当に、申しわけありませんでした。

 

このブログは、今日で1ヶ月目を迎えました。ブログをやって本当に良かったと思っています。私に全てを託し、静観してくれたスタッフにも、感謝いたします。

 

私は、このブログに於いて、みなさんの厳しい意見も、温かい意見も、すべて拝読させて頂きました。その中に、私の事件により、お母様がうつ病になられたという方(makkochinさん)、重い病気を患いCHAGE&ASKAを励みに療養していると言ってくださった方(じゅんさん、narinariさん)、お兄さんが私と同じ過ちを犯して、亡くなったと言われた方(ミナミさん)、家族が離散して独りぼっちのときにCHAGEASKAを励みに頑張ったと言ってくださった方(未来さん)、お父様の他界と私の逮捕が重なって二重のショックを受けられた方(アグネスの妹さん)、その他コメントで私を励ましてくれた、たくさんの方々、そしてサイレントマジョリティの方々、私の犯した間違いで多くの方たちの心を深く傷つけてしまいました。

 

繰り返し、本当に申し訳ありませんでした。

深く、謝罪をさせていただきます。

 

傷つけてしまった多くのみなさんとの間にできてしまった綻びは、今後の音楽人生で、ひとつ、ひとつ丁寧に繕わせて頂きたい所存です。

 

 

すべての方たちへ。

 

私は、アーティストという社会に影響力のある立場でありながら、社会で許されない過ちを犯したことを、深く、深く反省しております。

そして、二度とこのような過ちを繰り返さないことを誓います。

 

私は、これまでたくさんの方に支えられてきました。音楽活動でも本当にたくさんの方たちに支えられて来ました。家族も相棒も、今の私があるのも、みなさんが居てくれたからこそだと思っています。ありがとうございます。そして、申し訳ありませんでした。

この気持ちは、これからも私の心の芯に、そして変色させずに抱きつづけます。ずっと、変わることはありません。

 

私はアーティストとして、心底から音楽に向き合うつもりです。

覚せい剤犯罪の再犯率は高いと言われていますが、私は再犯のないグループの先頭に立ち、音楽をとおして社会に貢献しなければならないと考えています。

 

執行猶予中の者が復帰すべきではないという意見があります。しかし、私は、私と同じような境遇に立たされた執行猶予中の人たちが、明日を見いだして、生きる希望を見つけることができているように、私は、自分の天職として歌を生み出して行こうと思っています。

いっそうの努力が試されるでしょう。

 

明日より、心の中で膨らむようにできた未来地図を大きく広げ、声を、音を走らせるための準備に入らせて頂こうと思っています。

 

 

以上を公式なコメントとさせて頂きます。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

ASKA

 

P.S.

たくさんのみなさんから、ブログをつづけてくれとの、コメントを頂きました。ありがとうございます。

当分の間、レコーディングに集中いたしますので、頻繁な更新はお約束できませんが、

報告ごとや、お伝えしたいできごと、そして寂しくなった時には、ここに向かわせて頂こうと思っています。いつか、従来のオフィシャルに引っ越しするケースも予想されますので、その際には、報告させてください。ありがとうございました。

ASKA