少年A
あれは、僕が小学4年生の頃。
僕の町の、僕の仲間内で起こった怖い噂話しでした。
昨日の話ではないのですが、ワニ・・・。
そう、お宮の近くにある沼にワニが生息しているというのです。
「ゴクリ・・・。」
「もう、誰かが食べられてるかもしれない・・・。」
と、話を作り上げながら、ドキドキを抱え、夕暮れの沼に行きました。
ない話ではないのです。
だって、その沼はワニがいるかもしれないような、
ジャングルを流れる河の色をしていたからです。
沼の大きさは、縦5メートル、横10メートルくらいの小さな沼でした・・・。
それまでは、沼の横を歩いても、沼のことなど気にもしなかったのですが、
その日は、子供心に覚悟を決めた私設少年探検団で、沼に向かいました。
ワニなど、動物園以外では、
「素晴らしい世界旅行」か「兼高かおる世界の旅」でしか、
見たことがなかったからです。
探検団では「もし、ワニが現れたときには逃げる」のルールを作りました。
もし仲間が、ワニに食べられても、
「まず、逃げる・・・」
「大人を呼ぶ」
これが、思いつく精一杯でした。
まだ、電話など、どの家にもあるような時代ではありませんでしたので、
「救急車」や「警察に連絡する」などは、会話にはでませんでした。
「通行人の大人に頼む」
いつも、セミ捕りなどで、その沼の横の木には登っていたのですが、
その日は、沼が近づくにつれ、互いに押し合いながら、
みんな、なるべく探検団の後方を歩きたがるわけです。
そして、沼に到着。
全員、沼から1メートルくらい離れた位置に、横並びに立ちました。
その時、探検団の一人が叫んだのです。
「わ、ワニだぁーー!!!!!」
そう叫んだとき、全員が飛び散りました。
15メートルくらい、一気に逃げましたね。
しばらく、そのワニを、じっと見ていました。
僕たちに合わせているかのように、ワニも動かないのです。
じっと。
じっと・・・。
子供心に、自分は勇敢であることを、見せたいのか、誰ともなく少しずつ、
ホントーに少しずつ、ワニに近づいて行きました。
ちょっとでも、こちらを向いたときには、また逃げればいい。
そう思いながら、少しずつ、少しずつ。
だって、足音を聞かれたら、振り向いて来るでしょう?
そして、そのワニをしっかりと確認しました。
丸太棒でした・・・。
茶にコケの生えたような色に変化した・・・丸太棒・・・。
でも、あの瞬間、一人が「ワニだ!」と叫んだとき、全員に見えたんです。
あの四角いワニ模様も、尻尾も・・・揺れてさえいました。
「なーんだ・・・」
「よかったぁ・・・」
「残念・・・」
「ああ、面白かった」
僕たちは、夕暮れの巣に戻る鳥のようになって家に帰りました。
僕たち5人は、皆そうだったのでしょうが、
「見た人がいる」
これだけが、気がかりだったのです。
ただ、誰が見たのかはわからない。
でも、
「大きな蛇がいた」
なら、そういうこともあるだろうし、やはり見に行ったでしょう。
それが、嘘であったとしても。
そのくらいの嘘なら、誰にでも思いつきます。
しかし、
「ワニがいた」
これは、普通思いつきません。
僕は、ワニがいる気がしてなりませんでした。
そして、気がかりのまま朝を迎えました。
学校へは7時半に家を出ればいい。
6時に起きた僕には、探検団としての使命がありました。
5人の探検団では、その沼にいちばん近いのが僕だったのです。
ひとりで、沼に行くのは怖い・・・。
でも・・・。
季節は、夏から秋に変わる頃でした。
僕は、ひとり走って沼に向かいました。
人気のない道路そばにある沼・・・。
沼に近づくにつれ、いつしか走ることを止めた僕は、
そろりそろりと沼に近寄っていたのです。
昨日見た、丸太棒が浮いています。
「やっぱり丸太棒か・・。」
その時でした。
その丸太棒の右の水面が揺れ、何かが浮かんだのです。
「・・・」
「な、何?・・・目?」
そして、その目から繋がった胴体が現れました。
流れのない沼に波が起こり、丸太棒の右側から丸太棒を追い抜くように泳ぎ、
また、沼に沈んで行ったのです。
「ワ・・ニ・・・だ・・・。」
「ワニが現れたら逃げる」のルールは、頭にありませんでした。
呆然と、立ち尽くしてしまったのです。
なぜか、僕の手にはセミ捕り網がありました。
今、思えば50センチにも満たない、小さなワニでした。
子供の感覚です。
もう少し、小さかったのかもしれません。
急いで家に帰り、両親に話をしたのですが、信じません。
その日は、いつもより、早く学校へ行きました。
トップニュースだからです。
でも、誰も信じてくれません。
探検団にも報告しました。
そして、放課後、僕たち探検団は、もう一度その沼に向かいました。
僕は、怖くはなかった。
だって、人食いワニではないからです。
あんな小さなワニが人を食えるわけがない。
僕は、先頭を歩きましたね。
浮かんでいたのは、やはり丸太棒でした。
探検団は、信じていなかったわけではないのです。
自分たちが見られなかったことで、信じまいとしていたのだと思います。
その日、僕たちの前にワニが姿を現わすことはありませんでした。
その後、ずいぶん経って、
「沼にワニを捨てた人がいたらしい。」
という話が、舞い込んできました。
探検団の4人は、
「本当やったっちゃね?すごかぁ!!お前、ワニば見たっちゃもんな!!」
賞賛を浴びましたが、その話は喜べませんでした。
だって、その噂は、僕が流した噂でした・・・。
あまりにも信じてもらえないため、
「多分、飼い主が捨てたっちゃろうな」
と、数人に、言い回ったからです。
それが、いつの間にか、本当の話となって自分たちのところにたどり着いたのだと思ったからです。
でも、いまだにそう思っているんです。
あの頃は、動物を飼うのに、大した規制もなかったはずですから。
それよりも僕に確信があったのは、
「あそこの沼でワニを見た人がいる」
と、いう話でしたから。
それを、僕が見てしまった・・・。
セミ捕り網を持って・・・。
アフリカで「ワニの子供」を見たとき、あの時の光景を思い出しました。
あれ、ワニでした。
そうして「少年A」は、大人になり、歌を歌っているのです。
「ワニ」ではなく「愛」を。
この話がほとぼりを冷めた頃に、今度は、家の裏に居た「トラ」の話をします。
いや、マジですって!!
僕の家の裏に「トラ」が、居たのです!!
ま、いいや。
この話は、次回で。
そういえば
「隣のおじいちゃん」
の話はどうなっているのか?のコメントを目にします。
僕は、書きたいのですが、この爆笑話は「文字で伝えるのは難しいだろう」という
スタッフの判断もあり、やがてオープンするオフィシャルサイトで、
「イラスト」付き。つまり、漫画で、表情を伝えながらお話したいと思っています。
「隣のおじいちゃん」
ホント、わからないものです。
人というものは・・・。