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有意義だったとは?

昨日は、みなさんお察しのとおり、九州の病院に行ってきました。当初から、一貫してお伝えしてきたように、僕には薬物障害が一切ありません。しかし、一度、医療保護入院になってしまうと、その後は任意入院に切り替わり、退院後は通院となってしまいます。これは医療上のルールなので従うほかありません。

 

「では、月に一度先生のお顔を見に来ますね。」

 

という、約束でそれはなされています。

 

先日は、免許の切り替えが大変でした。入院中に免許が失効してしまいましたので、病院の診断書を持って警察署に行ったのです。待合室に居ると、大きな声で名前を呼ばれました。別室にとおされました。ふたりの警察官が座っています。

 

「こちらにお掛け下さい。」

 

僕は、頼りないパイプ椅子に座りました。警察官が、じっと目を見つめてきました。

 

「えーと、入院されていましたよね?」

「はい。」

「ご存知のとおり、昨今あなたのような病気の方が引き起こす交通事故が多いのです。」

「と、言いますと?」

「精神病の方が運転する車が、歩行者の列に飛び込んで行くという事故です。」

「僕は、理由があって入院しました。精神病ではありません。」

「しかし、診断書は精神病院からですからね。」

「・・・。」

「申しわけありませんが、この度は免許の発行はできません。」

 

そこにやってきた別の警察官が、小声で何かを伝えました。

 

「○○」

 

座っていた警察官は、それに反応し、再度口を開けました。

 

「やはり、免許は発行できません。」

 

警察官同士が分かる隠語を使ったのです。おそらく、僕が薬物事件を起こしている事実を伝えたのでしょう。

 

「今、報告があったように僕は薬物事件を起こしました。」

「・・・。」

「しかし、後遺症などというものはなく、極めて正常です。」

「でも、症状は突発的に起こりますからね。」

「そういうものは一切ありません。執行猶予が明けるまで、車には乗りません。様々なところで身分を証明するものが必要になります。免許証は発行して下さい。お願いします。」

 

警察官同士が目を合わせます。

 

「普段の生活の中で、気が遠くなったり、めまいを起こすことはありませんか?」

「ありません。」

「困りましたねぇ・・・。」

「何も困ることはありません。僕は正常です。それだけです。発行して下さい。」

「それでは、病院に連絡をして確かめてもよろしいですか?」

「ええ。ぜひ確かめて下さい。」

 

それから、数分間待たされました。このとき、内心、確率は50%でしたが、僕の入院生活での態度はパーフェクトだったという自信がありましたので、望みを繋ぎました。

 

そして、警察官は戻ってきました。

 

「今、病院に連絡をしまして、医院長とお話させて頂きました。運転には、何ら問題はないとのことでしたので、免許の発行をさせて頂きます。」

 

この先が思いやられました。ことあるごとにこういう目に遭うことになるのだと。先日は、パスポートの申請が下りませんでした。1年間は、海外に行けないとのことでした。海外旅行は、期日指定、宿泊先の報告義務、渡航理由など、がんじがらめなのです。事件を起こすということは、こういうことなのですね。

何より、精神病であるということは大きな足かせになりました。精神病は、線引きがあまりにも曖昧で、そう思った、そう見えたということだけで、病気の方へ入れられてしまいます。場違いなジョークひとつで異常だと思われてしまいます。これは差別以外何ものでもありません。

 

九州の病院の医院長の前で、そんなことを思い出していました。

 

「どうですか?調子は。」

「入院の頃と何も変わっていません。」

「そのようですね。お薬は飲んでいますか?」

「一切、飲んでいません。」

睡眠薬もですか?」

「ええ。何も飲んでいません。」

「盗聴はどうですか?続いてますか?」

「ブログで、犯人に盗聴を止めることを投げかけた二日後から、パソコンへの不正アクセスはゼロになりました。」

「それは、良かったですねぇ。(盗聴は)長かったですからね。」

「はい。以前は1秒間に40個から60個の不正アクセスがありましたが、現在はひとつもありません。犯人たちが手を引きました。」

「ブログをやって良かったですねぇ。」

 

医院長と同席していた若い医師は、盗聴盗撮の証拠を見ていましたので、とても心配してくれていました。それから、10分間ほど話をし、

 

「いいでしょう。薬物依存も後遺症も何もありません。正直、驚いています。」

「何をですか?最初から、そういうものはありませんよ。」:

「もちろん分かっております。ただ、睡眠薬などを、こんなにきっぱり止められる人は珍しいんですよ。そう言えば、病院に居られるときから、ご自分で量を減らされていましたからね。」

「はい。今は自然体で眠れています。」

 

僕は、当初から覚せい剤の後遺症はありませんでしたが、睡眠薬を飲んでいました。唯一、薬物依存に値するならば、それは睡眠薬でした。覚せい剤の後遺症というものは、多くの患者に見られますので、症状がないと言っても、一応処方されていたのです。僕は、それを飲みませんでした。

 

「では、今回より薬も出しませんね。良く頑張りましたね。」

 

晴れて、後遺症、依存という病名から解き放たれました。

 

昨日の夜は、弁護士らとお祝いをしました。福岡の中央区にある料亭でした。弁護士らは、毎日ブログをチェックしてくれております。みなさんのIDも全部覚えてしまったと言っておりました。Youtubeのリンクを張ったことについては、何ら問題はないようでしたが、問題を問題として定義する人が居るようなら、そこから話が拡大、拡散して行くことが懸念されるので、大事を取って削除しようということになりました。削除はしませんが、エントリーの内容を変えようかと思っています。書き換えです。あんなにオモシロイ動画なのです。たくさんの方達に観てもらいたい。

 

食事の後は、弁護士ら行きつけのお店に行きました。その店は、Youtubeを観ながら飲む店なのです。ちあきなおみさんと僕の「伝わりますか」を聴き?観?比べながら楽しい夜になりました。Youtubeを観ているときに思い出したのですが、あのChicagoがSAY YESとYAH YAH YAHをカバーしているのです。みなさんは、僕がデビッド・フォスターに影響されたことはご存知だと思います。僕は、そのデビッド・フォスターがプロデュースをしたChicagoをこよなく愛しました。Chicagoにも陶酔しておりました。そのChicagoが、僕の曲をカバーしてくれました。冥利に尽きます。話の流れから、ニューヨークに滞在していたとき、僕の部屋にチャカ・カーンが「野いちごが揺れるように」のデモテープを、突然持って来た時のことなどを思い出しました。会話は尽きませんでした。

 

ともあれ、一切の後遺症、薬物依存がないことが証明された夜のことでした。週刊誌、メディアは僕が病気であることの方がオモシロイのです。どうか、惑わされないで下さい。僕は至って正常です。

 

それから、書き込みに気になる文字がありました。「カツノ」という文字でした。「カツノ」というのは、京都の元舞妓「佳つ乃」さんくらいしか思い当たりません。ネットで調べてみて驚きました。そんな話になっていたのですね。

僕は「佳つ乃」さんとは、面識がありません。週刊誌のねつ造です。

綺麗な方です。お会いしてみたいものです。

ありがとうございました・

ASKA