無題

著書「インタビュー」の中で、「僕にはヤクザの友達がいる」と、書きました。

本を、出版する頃には、もう、足を洗っており、ヤクザではなかったのですけどね。メディアの中には、本を読みもせず、事件と結びつけて煽ったところがありました。現在の、メディアの多くは、記事を書く際に、自分の足を使わず、ネットを徘徊し、裏も取らず、記事にするところも多いように見え受けられます。ターゲットを決めると、記事は悪意を込めて彩られ、雑誌を売るために、大衆が興味を抱くようなタイトルが付けられます。今回の、僕の1件で、すでにお気づきの方も多いと思われますが、「近しい関係者」や「音楽関係者」の情報などというものは、すべてデタラメです。記者が、勝手に作りあげた人物です。いちいち反応するつもりはありません。それは誰だ?と、詰め寄ったところで、「ソースは明かせられない」と、なるだけですから。今回、僕がブログを始めたことで、彼らはそれができなくなりました。

 

600万アクセスを超えました。日々を追うごとに、YahooやGoogle検索からのアクセスが増え、今ではそれが過半数を占めています。毎日、新しい読者が増え続けています。ユニークアクセスというものがあります。アクセスが、同じ人によってか、そうでないかを見分けられるのです。それによれば、このブログは、現在、週刊誌同等の効力を発揮しているようです。もちろんブログ開始の時は、そんなことは考えておりませんでした。「ご心配、ご迷惑、おかけいたしました。申し訳ありません。僕は、至って健康で、元気です」と、いうことを、お伝えするために始めたブログでした。それ以上の考えはありません。毎日、ひとつずつ記事を書けて行ければ良いなという気持ちで始めました。1月のブログは、何者かによって、直ぐに削除されてしまいましたので、目立たぬようひっそりと始めました。気づいてくれた方たちが読んでくれれば十分だという思いで始めた気持ちに嘘はありません。よく言います。「出た杭は叩かれる」しかし「出過ぎた杭は叩けない」。

この膨大なアクセス数によって、このブログは守られました。削除ができなくなったのだと思います。みなさんのお陰です。本当にありがとうございます。

 

そして、みなさんから頂いたコメントに関する答えのようなものは、「700番 第2巻」にすべて書かれてありますので、是非、読んで頂きたいと願っています。

また、ここでの否定的な意見にも、心に深く響くものがあります。なぜならば、十分予想しての事だからです。世間の総意を代弁してくれています。感謝します。勇気を出してくれて、ありがとう。お返しは、音楽でさせていただきます。

否定コメントのなかには、何も感じるものがないのもあります。正直な気持ちです。ごめんなさい。ただ、マスコミの興味は、そういうコメントこそにあります。記事にするなら「もって来い」の内容となって紹介されるでしょう。まだ、そうなっていないのは、みなさんの温かいコメントが、それらを振り切っているからだと思います。そして、僕が、温かいコメントだけを、手放しで喜んでいるわけではないことも知っていてくださいね。ぬるま湯に浸かろうとは、思っていませんので。後、10日。いろんな意見をお待ちしております。

 

 

話が逸れました。冒頭の「ヤクザの友だち」は、7年前に他界しました。他界する直前、最後にあいつと喋ったのは僕でした。電話でした。幼い頃からの関係です。竹馬の友です。一緒にセミ採りをしながら育ちました。こよなく動物を愛するヤツでした。想い出を分け合いながら、大人になりました。

 

先日、やっと線香を上げに行ってきました。仏壇は、お兄さんのもとにありました。写真は、ヤンキー時代のものでしたが、表情は、一緒にセミ採りをした幼少時代の面影が、しっかりとありました。いいんです。僕だけが、それに気づいてあげれば。線香を上げた後、胸の中にあった重たいものが、スーッと消えて行きました。

 

「来てくれて、ありがとうな。」

 

と、いう言葉を感じました。メディアがなんと書こうとも、この気持ちが揺らぐことはありません。行ってよかった、行けてよかった。僕は、あいつの友達です。憧憬を壊すようなことは、決して、して欲しくない。日本一のチームと対戦して、勝つことができたのは、あいつの渾身を込めた1本でした。一生、忘れないからな。また、いつか一緒に剣道をしような。

ASKA