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木の気

あれは、30年ぐらい前のことかなぁ・・。未だに、なぜそうなったのか、理由が分からないのです。四国の松山でした。朝、ベッドから起き上がろうとした時に、激痛が走ったのです。それまで、味わったことのない痛みでした。肩、背中にかけて、まるで刀で切られたような痛みでした。ベッドから、起き上がろうにも、身体を捻られないのです。そのまま、ベッドに身体をあずけ、しばらく天井を見上げていました。マネージャーに電話しようにも、電話まで、手が届きません。部屋に鳴り響く目覚まし時計を止めることもできません。

 

その日は、ライブが休みの日でした。じっとしていると、痛みはないのですが、

身体を動かそうとすると、その激痛に見舞われます。鳴り止まない目覚ましが、

嫌がらせのように部屋に響いています。そして、やっとそれが止まったとき、部屋に静寂が訪れました。なぜこうなったのか原因を考えていましたが、思い当たる節がありません。ただただ、じっとしていました。昼過ぎに、電話がかかってきました。しかし、電話に出ることができません。それから、1時間ほどして、再び電話が鳴りました。マネージャーからでしょう。電話は、長いコール音の後、途切れました。それから、数分後、ドアをノックする音がしました。

助かりました。声は出せますから。

 

ASKAさーん!」

 

マネージャーです。ここが、福岡や札幌であれば、友人たちと外出していると、すまされたのでしょうが、ここは松山です。不自然に感じたマネージャーが、

心配して部屋に来たのです。僕は、大声で叫びました。

 

「身体が痛くて起き上がれない!!」

「どうしました!?」

 

ドア越しのやり取りです。

 

「わかんない!」

「大丈夫ですか!?」

「フロントに行って、合い鍵をもらって、部屋に入ってきてくれ!!」

 

数分後、ドアは開けられ、ホテルの従業員と、マネージャーが入って来ました。

寝たままで会話をしました。

 

「とにかく、起き上がれないんだよ。」

「病院に行きましょうか?」

「いや、病院ではシップくらいしか方法がないだろうから、整体か針灸院の方がいいと思う。イベンターに連絡して、探してくれないか?」

 

それから、1時間ほどして、針灸院が見つかりました。ホテルの従業員とマネージャーに身体を抱かれるように起こしてもらいました。間もなくイベンターが駆けつけてくれました。顔を洗うこともできず、そのまま三人に抱えられるように、廊下を歩き、エレベータに乗り、腰をかがめるようにロビーを歩き、やっとのことで、タクシーに乗り込みました。シートに座る行為にも激痛が走ります。

 

そこは、松山市内から30分程のところにありました。古い木造建築の小さな針灸院でした。6畳程の待合室にはソファがありましたが、座るのにも痛みがありますし、立ち上がる時の痛みを考えると、このまま立っている方がましです。

壁には、知り合いのアーティストのサインが飾ってありました。イベンターに尋ねました。

 

「ここ、有名なの?」

「有名かどうかは、分かりませんが、以前、同じようなことがありまして、○○さんが、治療後に『ここは凄い』と、仰ってたのを思いだしたんですよ。」

 

15分程待たされた後、名前を呼ばれました。治療室に入ります。狭い部屋でしたが、そんな狭い部屋には、そぐわないほどの大きさの鉢植えされた木がありました。

 

医院長は、ご高齢の方でした。痛みの度合い、そして箇所を伝えます。

 

「では、うつぶせになって下さい。」

 

Tシャツを脱ぎ、ベッドに伏せました。そして、医院長は、背中は触らず、左足のふくらはぎを指で押し始めました。

 

「そこではないのに・・。」

 

それから、医院長は背中向きになり、独り言を言ってます。

 

「これかな?いや、こっちの方かな・・?」

 

そう言って、振り返った時には、一本の針を持っていました。畳針のような太さの針でした。30センチくらいの長さをしています。畳針では想像がつかない方もおられますね。そうだなぁ。マドラーぐらいの太さと言えば想像していただけますか?

 

「嘘だろ・・?」

 

中国針でした。中国針は、日本の針よりも、遥かに太いのです。

 

「そ、それを刺すんですか・・?」

「そうですよ。大丈夫、そんなに痛みはないですから。」

 

いや、あるでしょ。医院長は、僕のふくらはぎを数回押しました。ツボを探しているようです。

 

「ここだね。」

 

そう言うと、突然針を刺しました。

 

「うがが−!!」

 

「い、痛い!痛いじゃないですか!!」

「大丈夫、痛くないから。」

 

いや、痛いって。今、みなさんはその針が、僕のふくらはぎに刺されている光景を思い浮かべられているでしょう?話は、これからです。なんと、その針を、引いたり、押し込んだりを繰り返し始めたのです。のこぎりを引くときのような仕草で。ぐちゅぐちゅと音がします。

 

「あたた、あたた!!」

 

30秒程続きました。痛いのなんのって。ふくらはぎと背中の関係が理解できません。そして、その動作は止まりました。針は、深く刺さったままです。痛みはやわらぎましたが、針は刺さっているのです。それでも痛いものは痛い。

 

そして、医院長は、ベッドの横の、疲れたようにだらりと掛けられてる、一本のケーブル?ひも?それを、掴むと、その不自然のように置いてあった木の葉に繋げました。そして、そのケーブル?ひも?の片方を、僕の足に繋げたのです。

 

「何ですか?」

「今から、木の気を流します。」

「木の気?」

 

ギャグ?CHAGEでも使わないギャグです。それを、黙って受け入れなくてはならない僕は、もっとギャグです。「部屋と私と木と気」。

間違ってる。絶対間違いだってば・・。しかし、訪れた以上、受け入れなくてはなりません。10分程、その状態が続いたでしょうか?もんもんとしていました。

 

「そとそろ、いいでしょう。」

 

ふくらはぎに刺されていた、その畳針、いや、中国針は抜かれました。

 

「どうぞ、立ってみて下さい。」

 

立てないってば・・。おそるおそる言われたとおりにしてみました。まず、肘を立ててみました。痛みは感じませんでした。そして、手をつけて身体を起き上がらせてみました。痛みがありません。ベッドから下りました。背筋を伸ばしてみます。嘘でしょ?身体を丸めるように訪れた、さっきまでの状態は何だったのでしょう?全く、痛みがありません。しゃんと歩けます。

 

「先生、何ですか?これは。」

「木の気です。」

「木の気?初めてなんですけど。」

「私があみ出しました。」

 

木の気。こんな治療があるんですねぇ。翌日のライブは絶好調で終えました。

それから、数年後。

 

先輩シンガーのOさんから、言われました。

 

「オマエ、松山で針治療に行ったろ?」

「何で、知ってるんですか?」

「サインがあったから。」

 

Oさんも、行ってんじゃん。「木の気」同士です。

ASKA