シンフォニックコンサート

2008年にアジアツアーをやりました。シンフォニックコンサートです。40名以上の演奏家を背景に歌うのです。

 

「そろそろ、アジアツアーをやりたいな。」

 

この一言が、切っ掛けでした。普段のコンサートではなく、ボーカルを全面的に押し出したコンサートをやりたくなったのです。各国のオーケストラとコラボをするというアイデアを出しました。それを伝えると、直ぐに返事は来ました。シンガポール、上海、タイ、香港、ベトナム、台湾、もちろん日本。しかし、ベトナム、台湾は、どうしてもスケジュールの都合がつかず、見送りとなりましたが、最後まで熱意を表してくれました。どの国の演奏家たちも、幼少の頃から、英才教育を受けてきた方たちなので、問題はないだろうと考えました。コンダクター(指揮)は、藤原いくろう氏に決まりました。アジアではいろんな賞を獲ってきた人物です。彼はクラシック畑の人間ですが、ポップスにも理解があり、僕の音楽も分析してくれておりました。彼は、今尚、ロシア公演を勧めてくれております。いつか、実現できればいいですね。

 

そのコンサートは日本を離れ、4月のシンガポールから始まることになったのです。シンガポールは若い国でもありますし、力量が読めないため、藤原氏と、ステージプランナーの大久保が、僕より2日早く、シンガポールに行くこととなったのです。

 

そこは、木の香りがする新しい、そして広いスタジオでした。僕は、演奏家たちに自己紹介を兼ね、マイクに向かおうとしました。その時、藤原氏、大久保に手を引かれ、スタジオの隅に連れて行かれたのです。複雑な顔をしています。

 

「どうした?何かあった?」

ASKAさん、ダメかもしれません・・。」

「なにが?」

 

藤原氏が言う

 

「2日間、やってみたんですけど、譜面に追いつかないですし、まったくバラバラなんです・・。」

 

日本でやったシンフォニーのリハーサルは2日間でした。1日目で行われた演奏は、初見でも、もう素晴らしかったのです。

 

演奏者たちを見渡すと、確かに若い方たちばかりで、そんな話をしている間も、譜面に向かってやっきに演奏しています。余裕が感じられませんでした。

 

僕は、マイクの前に立ちました。

 

「こんにちは。ASKAです。今回は、皆さんと同じステージ立てることを、大変光栄に思っています。一緒に幸せな時間を過ごしましょう。」

 

そして、最後に言いました。

 

「Let’s cross that bridge when you come to it! 」

(不安にならなくてもいいよ。何とかなる。そのときゃ、そのときだ!)

 

残されているのは2日間です。一日、2回まわしのリハーサルでした。1曲を2回ずつ演奏しますので、40回ほど歌うことになります。その日の1曲目は、何の曲だったか覚えていませんが、確かにイントロから、藤原氏の言うバラバラな状態がくみ取れました。歌い出しのタイミングが分からないのです。日本のオーケストラに慣れていた僕には、衝撃的でした。ただでさえずれている演奏に、歌を合わせては、双方がずれていきます。僕は、演奏の柱になろうと考えました。歌でリードしようと思ったのです。藤原氏は、横で懸命にタクトを振っています。僕には、デビュー当時からのスタイルがありまして、リハーサルと本番に区別のない歌を歌います。歌うたいが本気ならば、演奏者も本気になるからです。時間を追うごとに、少しずつ纏まっていきます。

 

「オーケー、その調子。イイよ、イイ!」

 

演奏者の顔がほころびます。皆、一生懸命でした。休憩の時間も楽器を離そうとしません。一体になることを願っているのでしょう。自分の実力を、皆、気づいているのです。その日の、リハーサルが終わりました。

 

帰りしなに、ストリングスの女性たちが寄って来ました。

 

「ありがとうございます。リハサールでこんなに真剣に歌を歌うシンガーは初めてです。頑張ります。」

 

涙を溜めています。胸が熱くなりました。

 

「非常感謝。謝謝。(フェイチャン、ガンシエ。シェイシェイ。)」

(こちらこそ、どうもありがとう。)

 

そして、もう一度言いました。

 

「Let’s cross that bridge when you come to it.だよ。」

 

強く手を握って来ます。僕は、たまらなくなって彼女を抱き寄せました。

 

翌日、リハーサルは1時からでした。少し早めに到着したのですが、彼、彼女たちは、もっと早くから、スタジオに到着しており、すでに練習をしておりました。

 

「おはよう!今日も楽しもうね!」

 

そして、リハーサルは開始されました。違うのです。昨日、あれほど乱れていた演奏が、纏まりを見せ始めているのです。その日も、同じように渾身を込めて歌いました。打楽器にも強弱がつきました。

 

「イイよ!最高だよ!」

 

表情が、どんどん変化していきます。しかし、それでも、実力には限りがあります。もう、ここを良しと受け止めてリハーサルは終わりましたが、皆、帰る気配がありません。僕は、帰れなくなり、その後30分ほど、みんなの練習を見ていました。

 

そして、本番当日を迎えました。皆、フォーマル衣装で楽屋の廊下に溢れています。素敵でした。顔には自信さえ伺えます。本番の開始は、ステージセットの障害で、30程遅れてとなりました。

 

本番ですか?それはもう、情熱でいっぱいでしたよ。あの、初日のリハーサルが嘘のようです。熱意に応え合うようにステージは進んでいきました。些細なミスはありましたが、全く気にならない程度です。僕の、歌詞間違いからすれば、うんでいの差です。皆、1曲、1曲に魂を込め演奏してくれました。

 

終了後、40人がひとりひとりが、楽屋を尋ねてくれて、みんなとハグし合い、記念の写真を撮りました。

 

その後、バンコク、上海、日本、香港と続きました。各国、素晴らしい演奏をしてくれました。もちろん、各国の演奏を録音したのですが、iTunesからの配信音源は、あの情熱に応えてシンガポールに決めました。

 

音楽は世界を繋ぐ。心からそう思っています。ロシアでも行いたいものです。いつか、実現するでしょう。その時は、みなさん、お待ちしています。

ASKA