順序は違いますが・・・。
先に、マスタリングを、ほぼ終えました。
後は、ジャケット関係が終了しましたら、
マスタリング最終調整で終わりです。
そして、いよいよプレスに入ります。
CDショップに並ぶかどうかは、今のところ、まだ、わかりません。
しかし、ネットでは、入手可能です。
と、そんなところですが、
訳あって、僕が福岡から離れることができませんので、
なかなか、ジャケットが進められないのです。
なんとか、2月中にはリリースしたいと考えております。
その前に、
一連の騒動を、全て語った本が出版されますので、
ぜひ、読んでみてください。
やはり、読んでみて、再確認しております。
「事実は、小説より奇なり」
これに尽きます。
もうひとつ。
先日から、数人の友人に,
「新曲はFULLで流さない方が良いのではないか?」
と、いう指摘を受けました。
僕にも、そういう気持ちが過っていたことは嘘ではありません。
しかし、途中でフェードアウトしてしまうと、曲を伝えきれない気がしました。
それに、僕は、まだまだラジオやテレビなどに出演できません。
本来なら、もう、プロモーションの段階に入っているはずなのですが、
僕には、それができないということです。
曲を知ってもらうことができないということです。
ラジオなどでは、FULLサイイズでかけてくれる番組も、少なくありません。
リスナーの中には、きっとそれを録音してる方も多いと思われます。
なら、フェードアウトは、意味がないと思ったのです。
数週間以内に、もう一曲聴いていただこうと考えています。
約束ですからね。
12月24日、先行して発表した曲。
「FUKUOKA」
は、福岡の放送局が受け止めてくれると信じています。
流してくれると思っています。
コンプライアンスがを外してくれるのも福岡だと思っています。
やはり、始まりは福岡からではないでしょうか?
すでに、そういう話もいただいております。
僕の、ふるさとです。
風は福岡からです。
さて、早起きをしてしまいました。
今から20キロほどジョギングに行ってきます。
嘘です。
寝ます・・・。
起きちゃったじゃんかよー・・・・。
おはようね。
数人の方の疑問に答えます。
「DADAレーベル」の発足は、 2016年です。
決心したのが、2016年です。
なので、2016年でいいのです。
それと、僕は、2017年から「大殺界」に突入するようです。
「大殺界」では、絶対に、新しいことをやってはなりません。
「FUKUOKA」
も、2016年に発表したじゃないですかか?
すでに、動き出していたということです。
「DADAレーベル」は、
2016年です。
ありがとう。
確かに「あっかんべー」。
しかし、そうは言いません。
本にも書きましたが、新しいことをやろうとすると、必ず、
「常識で考えると」「通常は」「一般的に」
このフレーズで、歩こうとする足を阻まれます。
つまらない、
「邪魔」「抑圧」
で、気持ちが削がれてしまうものです。
それらを払拭するには、信念が必要です。
何が、必要か。
「独創」
これが、
「DADAレーベル」
です。
おはよう!”!”!
そうですか?
メディアが騒いでますか?
ぜんぜん見てませんし、気にもしてませんでした。
レーベルを立ち上げることなんて、誰にもできるのです。
例えば、皆さんが、今、この瞬間、
『「〇〇レーベル」を立ち上げた!』
と、言えば、それで終了なのです。
立ち上げるに際して、お金も必要ではありません。
そう言えば、それで設立完了です。
どうですか?
皆さんも立ち上げて見られたらどうですか?
マスコミは、何も知らないということです。
誰だって、小学生だって立ち上げられます。
ここを見ている多くのプロミュージシャンの皆さん、並び、アマチュアの皆さん。
自分で CDを作って、ディストリビューション(流通)を、メジャーや、
インディーズに任せる契約をすればいい。
これを踏まえて、考えられてみれば良いと思っています。
そこには、大きな意味が含まれています。
時代は、必ずそうなります。
そのとおりですね。
信じてくれる人は、信じてくれる。
信じてくれない人は、信じてくれない。
信じない人は、信じない方が面白いので、信じないだけの気がします。
スポーツ新聞の、
「パソコンから、手が出た」
ギャグとしては、もうちょいですね。
僕なら、
「パソコンから、ハクション大魔王が出てきた」
と、書きたいところです。
「手が出てきた」にしても、それを信じる方が面白いのです。
これが、イジメの構造であり、社会が抱えている病気なのでしょう。
ネットで批判している人たちを批判するつもりはありません。
僕の犯した過ち。
これが、頭の中に記録されてしまったからには、すべてその方向から見てしまう、判断してしまうのは当然です。
これは、
もう、仕方のないこと。
そんな、彼たちも、いつか振り向いてくれるときが来ると思うんです。
そのときには、力になってくれるはずだと。
元々、発信力のある人たちですからね。
警察と僕の間で、合言葉のようなものがありました。
「真実はひとつ」
本当に、これしかありません。
なぜ、僕が不起訴になったか。
真実はひとつだったからです。
「嫌疑不十分」とは、見事な落としどころでしたね。
誰にもプライドがあります。
その誰かのプライドを傷つけるための本ではありません。
疑いを晴らすための本でありません。
あったことを、あったままに伝える本です。
音楽をするために。
歌は伝えること、文章は理解させることが必要。
上のタイトルは、心がけていることです。
先日より、書いてきましたが、今回の事件を検証するために「700番 第3巻」を、執筆中です。
音楽をやるために、音楽を聴いてもらうためには、必要なことだと思っています。
焦点は、
「なぜ、僕が尿ではなくお茶にすり替えたのか」
僕のアーティストスタイルから、今回のことでの記者会見はありません。
「本では、読んだ人しか分からない」
そんなことはありません。ネット拡散の威力を我々は、知っています。
今、出版社の担当の方とお話をしました。
3巻の抜粋部分をブログの読者に読んでいただこうと。
近々、書き上げる予定です。まだ、校正も何も入ってはおりませんので、本では、内容が変わる部分もあるかもしれません。
700番 第3巻
「お父さんは、何もやっていないんだから大丈夫。直ぐに帰ってくる。」
私は、不安そうに見つめる息子の目を強く見つめ返しながらそう言った。息子の携帯が音を立てる。
「はい。そうですか。分かりました。伝えます。」
組対五課の飯島と、話をしているのだ。私は、その電話を取り上げた。
「飯島さん、どういうことですか?」
「あ、ASKAさん。お聞きしたいことがありまして。」
「それはいいんですが、家の周りは、もう報道陣で溢れかえってますよ。」
「ええ。そのことでお聞きしたいんですよ。」
「聞きたいという状態ではないです。どうしてこうなっているんですか?」
「私にも、分からないんです。」
「分からないって。警察が発表したから、こうなってるんでしょう?」
「なので、話を聞かせてもらえませんか?」
「もう、逮捕状が出ていると発表されていますが、それは本当ですか?」
「そのことも含めてお話を聞かせていただけませんか?」
話が噛み合わない。私が知りたかったのは「逮捕状が出ているのか?」ということだ。「話が聞きたい」と、いうことだけで、この様な騒ぎになるのは納得がいかない。間もなく組対五課が到着するという。飯島は、再び息子と会話をしている。
マスコミ対策で、車庫側に2台の車を停める。マスコミは、そちらに群がるだろう。その隙に、ワゴン車を玄関前に横付けさせるので、素早く乗って欲しいということだった。しかし、その指示は意味をなさなかった。数百名に上るメディアは、私の家をぐるりと、囲んでいる。小手先の作戦は、簡単に粉砕された。ドアを開けると、一斉にフラッシュを浴びせて来た。祭りのような騒ぎだ。私は、思った。
「堂々としていよう。」
私は、仕事に出かけるような顔を作り、「ふっ!」っと、息を吐くと、マスコミの濁流の中へ向かった。車まで、僅か1メートルほどであったが、私は、濁流に飲み込まれた。前へ進めないのだ。私は、流されるままの流木のようだった。右に、左に押しやられながら、少しずつ目的の場所に向かって、強くも、よろよろしながら進んで行った。用意されたワゴン車の後部座席に座るまで、一体どれくらいの時間を要したのだろうか。すでにワゴン車は、角砂糖に群がるアリたちで囲まれている。窓ガラスを叩く。空には、季節外れの蜂が飛んでいた。ヘリコプターだ。私は、次々と車に傷がつく音を、ただ黙って聞いていた。
その日、昼過ぎに「ASKA、覚せい剤使用容疑で再び逮捕」と、報じられていた。報道を知り、最初にコンタクトを取って来たのは、台湾の友人であり、俳優のロニー・オスカーだった。
「ASKAさん、大丈夫?」
「何が?どうした?」
「今、こちらのニュース速報で、ASKAさんが逮捕されると言ってるんだけど?」
「あはは。何の容疑?」
「覚せい剤使用・・・。」
「何で・・・?」
その後、電話を切る間がない。次々に、友人、知人から電話が入った。と、同時に、鳴り続けるメール音。対処ができない。昼、3時を過ぎたあたりから、そのようになった。ただ対応に追われていた私は、ネット上の自分の記事や、テレビの速報など、何も確認できていなかった。ひとり孤島にとり残されてしまっているようだった。
友人のひとりが伝えて来た。
「とにかく『ワイドショー』を、観ろ!」
「やってんのか?」
「いいから、観ろ!」
鳴り続ける電話を無視し、その番組を観た。電話では、やり取りをしたことのある芸能レポーターの顔が映った。
私のことを喋っている。話の内容は、要約するとこうだった。
「警視庁は覚醒剤を使用したとして、覚せい剤取締法違反(使用)の疑いで、ASKA容疑者(58)に対する逮捕状を取った。同容疑者は25日午後7時ごろ、自ら110番通報し、駆けつけた警察官に「盗撮されている」などと説明。同容疑者が任意で提出した尿を鑑定したところ、28日午後に覚醒剤陽性反応が出ていた。」
内容は理解できたが、使用の覚えはない。25日、確かに110番通報はした。しかし、それは、度重なる違法アクセスに堪り兼ね、「サイバー課を紹介して欲しい」と、いう内容だった。決して「意味不明な発言」や「ろれつが回っていなかった」などということはない。証人もいる。なぜ、こうなる?
私は、7月から始めたブログを確認した。おそらく、この報道を信じ、落胆したファンの書き込みが連なっているだろうと考えたからだ。それは、思ったとおりだった。
「がっかりだ」
「やっぱり、やめられなかったんだね」
「裏切られた」
「還暦は、刑務所で迎えてください」
私は、この誤解からの書き込みの流れを変えなければという思いから、ブログに書き込んだ。
つづく
迷いはありません。
今、打ち合わせ、協議から帰って参りました。
みなさん、先日のエントリーを受け止めていただき、
本当にありがとうございました。
そして、事件の経緯について語られた一部の方の考察には脱帽です。
その詳細は、そのうち僕の言葉で、詳しく語らせていただきますね。
今回の加熱した異常な報道により、
僕を応援してくれるみなさんがエキセントリックになっているのを感じました。
その上で、個人を責め始めた行為が、僕には少々「いじめ」の構図に映りましたので、あのように書かせていただきました。
「いじめ」は「いじめ」にしかなりませんから。
僕は、今、しっかりとした法的な手続きを取っていますので、
どうか見守っていてください。
身勝手なメディアの行動、興味をそそるだけの報道に目を瞑ることはいたしません。
責任は取っていただきます。
僕の取った行動は、誤解を生んでしまいましたが、
そうしたのには理由がありました。
今、改めて思っています。
あの行動に間違いはなかったと。
僕の仕事は音楽ですから、
ここから先は、それを仕事とする専門の方々にお任せすることになりました。
さて、みなさん。
僕たちは、一緒に音楽を楽しみましょう。
ありがとう。
事実は小説より奇なり。
みなさんの中には、いや、世間では、
「なぜ、ちゃんと検尿を受けず、お茶なんか入れたのか?」
「やましいことがあったから、そうしたのではないか?」
そう思われている方々が、たくさん存在しています。
そうですよね。
普通は、そう思います。
思って当然です。
そして、陽性。
「お茶から、覚せい剤の成分が検出されるわけないじゃないか。」
よって、
「ASKAは、クロだよ。」
思考の道順から、そこにたどり着くのは自然なことでしょう。
僕も、逮捕された日から、なぜそうなったのかを、絶えず考え続けていました。科捜研が間違えるはずはないのですから。
しかし、僕はやっていない。
だが、検出されてしまってる。
このスパイラルから、抜け出せずにいましたが、
数日後、ひとつの推理にたどり着きました。
取り調べの刑事に、それを伝えました。
「さすが、作詞をされるだけあって、よくそんなことを思いつきましたね。」
「いえ、作った話ではないのです。」
その推理が証明されたのは、逮捕から10日目あたりだったと思います。
それを裏付ける物証が発見されたのです。
その後の僕は、
「これで、僕が有罪になることがあれば、この国は変です。」
取り調べでは、毎日のように、その発言を繰り返しました。
事実は小説より奇なり。
この経緯を、このブログや、限られた文字数の媒体で説明してゆくのは、不可能です。
そして、頂いたコメントの中に、正解者がいたことに驚きました。
それを、誤解なく、ちゃんと説明するには、時間もページも必要です。
僕に、しばらく時間をくださいね。
その前に、やらなくてはならないことが、まだまだあるのです。
20日間の拘束でした。6時半起床。9時消灯。
今、コーヒーを片手に、これを書いています。
自由って本当に素晴らしい。