雨の音で目が覚めました。
テレビを観ながら、また、ソファで眠り込んでしまいました。
コンクリートに雨が当たる音って、
子供の頃にお風呂を薪(まき)で炊いていた音に似てるなぁ。
「パチパチっ!」
5月から毎日、ほとんど休みなしで、ギターのマッキー、マネージャーでミュージシャンのFUJIと一緒でした。
そこに、入れ替わり立ち替わり「ASKAバンド」「CAバンド」のメンツが出入りしてましたので、合宿状態のような日々でしたね。
レコーディングもひと段落しましたので、少しの休憩の中にいるわけですが、
どうも、ワーカホリックにかかっちゃったみたいで、ひとりの時間の使い方がわかりません。
ま、このような状態は、二日間だけです。
この後は、リリースや他の仕事の打ち合わせが続きます。
本日、裁判です。
昨日、弁護士が家に訪れました。
本日の裁判は10分ほどで終わりますので、僕は出廷いたしません。
僕が出廷するのは11月からのようです。
これに関しましては、ほぼ10ヶ月かけて、すべてのものを揃えました。
まず、最初となる3つの案件は、国民による審判が下されたような出来事ですし、相手らは裁判に勝てるわけがないのですが、裁判に持ち込みました。
なぜ、相手はみんな裁判をするのでしょうか?
負けるためなんです。
この国の過去の判例を利用するためです。
あの時間帯では看板番組である、あの番組も同じように、それを利用しようとしています。
3つのうち2つは、内容証明を送ってから、
1度のコンタクトもありませんでした。
1つは、自営業ですので、
「賠償金額を支払うことができない。なんとか、これだけで勘弁してもらえないだろうか。」
ああなってしまった経緯は、よく理解もしていますので、温情もあります。
その会社の行く末を考えますと、賠償金額など、どうでも良いのです。
お金が欲しいわけではありません。
「どうか、会社の名前だけは公表しないでくれ。」
起こった出来事を、世間に訴えるための裁判です。
それは無理なのです。
「これだけ支払うから、ブログにだけは書かないで欲しい。」
「いえ、お金は要りませんよ。ブログでは、相手からこういう謝罪がありましたので、訴えを取り下げることにしました。こう書かせていただきます。」
このやり取りが、弁護士を通じてなされたわけです。
「請求金額の1/5を支払う。名前だけは出さないでいただきたい。」
結果、向こうは裁判に踏み切りました。
裁判となれば、会社の名前は一層世の中に出てしまいます。
なぜ、3つとも裁判に持込もうとしたのでしょう。
この国の過去の判例を利用しようしているのです。
例えば、週刊誌は、常に「何十」「何百」と裁判を抱えています。
負けても、構わないのです。
捏造であれ、なんであれ、
書けば、その見出しにより、本が売れますので。
「負けても得」
何度も言いますが、
「過去の判例」
を、利用しているのです。
僕は、今回、
その判例を変えるために裁判をします。
とりあえず、視聴率、部数・・・。
それで苦しんできた方達、世間から消されてしまった方達が、どれほどいるでしょうか?
そのための裁判です。