怪物との決戦を目前に、情報が飛び込んできました。

以前より、お伝えしてきました。

「7月に発表があります」

当初、15日に発表予定でした。

今、報告が入ってきました。

明日、みなさんが、起きる頃には、

「Fellows News」など、複数で発表となります。

僕にとっては、長い沈黙でした。

やっと、みなさんに内容をお伝えできます。

昨年の「MV公開収録」では、遠くは海外からも「Fellows」にお集まりいただきました。

今度は、お約束通り、僕がみなさんのところへ出かける番です。

明日の発表をお待ち下さい。



ASKA

最強の敵・・・

私は、これまで幾多の危機を、持って生まれた運によって切り抜けてきました。
しかし、今回の敵は、これまでの敵とは違います。

ウルトラマンで言えば「ゼットン」のような相手です。
ウルトラマン・・・。

「光の国から僕らのために 来たぞ我らのウルトラマン

そのウルトラマンゼットンとの戦いで、命を落としたのです。
衝撃的な最終回でした。

今、私の前にゼットンが立ちはだかっています。

つつきは、

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ASKA

なに!?ナニ・・・。何なんだよ!?

うそだろ・・・。

だって・・・。

いやいや!チガ─ヽ(`・Д・´)ノ─ゥ!!

しかし、そうみたい・・・(´・ω・`)ショボーン

こんな事ってある?

 

つづきは、

 

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ASKA

少し前に帰ってまいりました。

アルバム「SCENE」「SCENEⅡ」の、表ジャケット、

中ジャケットを、東京を離れ撮影してきました。

ロケバスを使っての撮影は久しぶりでした。
まぁ、行き帰りは道中、いつもな感じでした。

特に帰りは、映画、

「チャイルドプレイ2」

の「チャッキー」を観ながら大騒ぎ。

と、いうのも、

その映画の前に、スタイリストの「ブーンブン🔪クニちゃん」が、
昔、まだ、明け方、薄明かりの甲州街道で、幽霊を見たという話から、

「チャッキー」 になってしまいました。

 

「ブーンブン🔪クニちゃん」の話は怖かったですよ。


薄暗い明け方、道路上で、おむつをした赤ちゃんが、

一人で、道路を遮り、
「きゃっきゃ!」と、道路の真ん中で遊んでたと言うのです。

2台前のタクシーは、急ハンドルで、赤ちゃんを避け、
1台前のタクシーは、赤ちゃんの前で止まり、窓を開けて、

赤ちゃんに話しかけていたそうなのですが、
直ぐに、いきなり急発進をして逃げるように走り去ったそうです。

「ブーンブン🔪クニちゃん」の車には、

友人たちを含め4人だったとのこと。

その赤ちゃんは、車の前に近づいて来ると、突然、ボンネットに飛び乗り、
「きゃっきゃ!」と、笑いながらボンネットの上を跳ね回り、

フロントガラスに顔を近づけて来たのだそうです。

時間も時間です。
そんな時間に、おむつをした赤ちゃんが道路に一人でいるでしょうか?
赤ちゃんがボンネットに飛び乗り、はしゃぐでしょうか・・・。

4人全員が確認したとのことなので、間違いではないでしょう・・・。

そんな幽霊話から、映画「チャイルドプレイ」の話になりまして、
そのまま「Netflix」で、その映画を観ながら帰ってまいりました。

先ほど、今月7月の配信曲、

憲兵も王様も居ない城」

の、Mix Downに入りました。

本日は2曲仕上げます。

「星は何でも知っている」

のMix Downも行いますので、朝までコースですね。

体力?

ぜーんぜん平気です。
良いものができる高揚感の方が勝っていますので。

ただ今、

「Weare Bluetooth スピーカー」

の、プロトタイプ(試作品)が到着しました。

この音を確認したら、生産に入ります。

「Weare」のグッズとしての販売も行いますし、
全国のCDショップなどでも販売を予定しています。

品切れになることはありませんので、どうぞ、ゆっくり検討されてください。

やや、光が映り込んでいます。






ASKA(2018/7/18 22:42)

 

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SCENE ジャケット撮影

本日、これから、ソロファーストアルバム、セカンドアルバム、

「SCENE」
「SCENEⅡ」

の、ジャケット撮影です。

「ジャケットを変えて買わせるのか?」

そんなことは考えていません。
それに関しては慎重に会議をしました。

昔のアルバムです。
リミックスにより、現代の音に蘇りました。

と、言ってもレコーディングのやり直しは行っていません。
あくまで、ミックスダウンをやり直しただけです。

オモシロイものですね。
当時、レコーディングにおいて録音はしたものの、

最終的に使わなかった音などがありました。
今回は、それらの音も使用しました。

現代の機材によって様々なことができました。

ですので、僕の昔を知らない方々に向けて、

再度、今の音に仕上げたアルバムとなりましたので、
ジャケットにおいても、それを明確にするために、

今日のジャケット撮影を迎えています。

当時の音は、当時の柔らかさ、リバーブ(一般的にはエコー)の深さなどが強調されています。

あの頃はできなかったこと、

そして、今だからできないことというものがあります。

当時を大切にされる方々は、今回のは、

「そんなモノもあるんだ」

程度に、受け止めて下さい。

最近、僕のことを見つけてくれた方々。
そのような方々に向けて、リミックスしたアルバムです。

さて、そろそろ迎えが来る時間です。
行ってまいります。


ASKA


PS.
そうそう。
今回ボーナストラックに

「大人じゃなくていい」

が入っています。
それに関しては、配信もいたします。

もの凄い暑さですね。

部屋から出てはいませんが・・・。

訪れるお客さんが、口を揃えて言いますね。

今日は、台湾からお客さんがありましたが、あの蒸し蒸しの台湾より、

「東京の方が蒸し蒸しで暑い」

とのことでした。

本当に、被災された方々は地獄のような毎日を送られています。

今、観葉植物にお水を上げた後、ふと、眺めてしまいました。
成長するものですねぇ・・・。
 

つづきは、

 

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モヘンジョダロ

みなさん、「モヘンジョダロ」という言葉を聞いたことがありますよね?
インダス文明に栄えたであろうと言われている都市です。

パキスタン南部から北方向に約300キロ。
そこを流れる「インダス河」を超えたところに、現在「遺跡」として残っています。

エジプト・メソポタミア黄河と並ぶ四大文明の一つが「インダス文明」です。

キリスト誕生の前、つまり、紀元前2千5,6百年頃から6.7世紀間続いていたと言われています。

この「モヘンジョダロ」が、なぜ、一瞬にして滅んだかはわかっていませんでした。
一説では、

「大洪水により滅んだ」

と、言われていました。
自然災害ですね。

事実、その形跡もありますので、水に浸かったのは間違いないでしょう。

ただ、それによって滅んだのか、滅んだ後に水に浸かったのかは、現在も解明できていません。
有名な学者が説を打ち立てると、まことしやかにそう広がっていくわけです。

最近、その「モヘンジョダロの滅亡」の鍵となる物が現れました。

 

つづきは、

 

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ASKA

友人が、フランス街中の動画を送って来ましたが、
そりゃもう大変な騒ぎです。

もし、負けていたら暴動になっていたのではないかというくらいの騒ぎです。

そのワールドカップの騒ぎの中、
日本では被災された方たちの悲惨な状況が伝えられています。

実は、昨日、以前よりここでご紹介させて頂いていた、

「7月の、ある発表」

の日だったんです。

それなりに大きな発表でしたので、
スタッフ、そして主催者側との協議の元、発表を見送りました。

つづきは、

 

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ASKA

YouTube 「憲兵も王様も居ない城」ラフミックス公開

7月の配信曲です。

いろんな出来事のなかで、
すっかり、踏ん切りもつきました。

もう、迷わず遠くを見て歩くだけです。


https://youtu.be/HCoUXmMJ8Fw


ひまわりのような笑顔って お日様だけしかわからない
土の中 支えつづけるもの

遺書なら昔に書いてある 何枚書いても隠される
結局答えを「我慢」と言うんだろう


1,2の3で飛び乗るか 1,2の3ハイで乗るか
どうでもいい策で陽が落ちた

重い苦しい道は うんとオシャレに歩く
そしてオシャレな道は オシャレに行く

トランプで組み立てた お飾りのような城を出る
憲兵も王様も居ない城


ASKA

「憲兵も王様も居ない城」 2018/7/25 「Weare」より配信

22時頃、

「さわり」

だけ、聴いてください。


ASKA(2018/7/15 21:10)

 

 

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「Black&White +日常、思っていること」 2018/7/25リリース

一足早く、

「こんな感じ」

を、観てください。

https://youtu.be/uzUbXzu3Q4g


ASKA(2018/7/15 17:56)


追記

今、ASKAバンド初代、一緒にライブを回ってくれた「西司」が、近況報告がてら遊びに来てくれてます。

 

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「夏休みの計画」

彼女は、ベネズエラに住む84歳のおばあちゃん。
名前は「水那珂(みずなが)イセキ」さん。

彼女は中学校を卒業後、看護婦さんをされていました。
当時、終戦直後。

まだまだ、日本は裕福ではなく、病院と言ってもそれほど薬も揃っているわけでもありません。
不衛生な環境の中、破傷風などによる患者さんを何人も見送ったそうです。

そんな時、お母様が原因不明のご病気をされたのです。
お父様は、戦争で亡くなられました。

6人兄弟の長女であったイセキさんは、まだ、幼い弟たちがおり、お母様の病院費用、
そして、家族を食べさせていくために、昼は看護婦、
夜はアメリカ軍の駐在兵が集まる飲み屋で働き続けました。

自分の父の命を奪った、言わば仇(かたき)相手に、笑顔で接しなくてはならない。
しかし、お給金とは別に、チップを渡してくれるアメリカ駐在兵を相手にすることは、
家族を養うため、そして生きるためには、どうしても必要なことだったのです。

毎日の接客業で、いつのまにか片言の英語を喋られるようになったイセキさんの前に、
ある日ベネズエラ国籍を持つ、一人のアメリカ軍医が現れました。

彼にお母様の病気を伝えると、

「日本の病院では発見出来ない病気もある。私はしがない軍医だが、私にお母様を診せてもらえないか?」

当時は、一般の日本人がアメリカ駐在部隊内に入ることは許可されていませんでした。
すでにお母様の容態は悪化しており、病院では「手の施しようがない」とのことで、お母様は、自宅に戻り、
死を前に、残された家族との時間を過ごしていました。

彼がイセキさんの自宅を訪ねた夜に、お母様が亡くなられたのです。

彼は、お母様を囲んで泣き続ける彼女の兄弟たちと一緒になって、涙を流してくたのです。

そして、彼がつぶやいた一言が、

「ごめんなさい」

でした。

イセキさんには、その「ごめんなさい」の意味が深く受け取れたのです。

 

つづきは、

 

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