「Hatena様」、長い間本当にありがとうございました。

昨日の「新潟」は、今ツアーいちばんの「声枯れ」でした。

そのようなライブの日には、お客さんに対しての「申し訳なさ」で、
気持ちが少し沈んでしまうものなのですが、

昨日は、それを上回る「楽しさ」がありましたので、

「やりきった感」

による「爽快感」が、僕の中に生まれました。

一夜明けて、やっぱり「楽しかった」と、思えていますからね。

ライブMCにおいて、「WALKING DEAD」の「ニーガン」のマネは、

「細かすぎて伝わらないモノマネ」

なんです。
滑るのを楽しんだ「モノマネ」でした。

だって、観てる人しか分からないのですから。

また、それも「字幕」でご覧になってる方にはわかりません。
「吹き替え」でご覧になっている方にしかわかりません。

トイレタイムでの質問者を選ぶとき、

「ど〜れ〜に、し〜よ〜う〜かなっ!」

という光景があったでしょう?

あれです。

「WALKING DEAD」では、恐怖マックスのシーンなんです。
「ルシール(細かすぎて伝わらない)」を持った「ニーガン」に、

「怖え〜!!!」と、なった場面です。

お客さんが、全く分からないのを僕が楽しむ。
これって、僕の中の「S」?

あの瞬間、自分が「M」でなく、完全に「どS」化してましたからね。
あは!!

「オレには『S』の部分があるのか!」

な、気づきでした。
しかし、ビルボーには大ウケ。
メッケンにも。

Netflix」には「字幕」しかありませんので、
「Hulu」か、「レンタル」で観られている方にしか分からないという、「超細かさ」です(笑)

昨夜、東京に戻り、コメント発信者のことで、遅くまでデビルとやり取りをしていました。
その発信者のコメントには、いくつもクレームが寄せられてましたからね。

ここ「Fellows」におきましては、
みなさんのコメントは、信念を持って「全開放」しています。
これは、ここ「hatenaブログ」の時からそうです。

ブログは、今日まで、ほぼ毎日書いて来れました。
現在「Hatena」では、「一般開放ブログ」、

そして「メンバーオンリー」の触りだけを掲載しています。

それでも「Hatena」では、

毎日のように僕のブログへの登録者が増えて行っています。

以前より思っていたことありました。
「Hatenaブログ」において、「メンバーオンリー」の「触り」だけを掲載することは止めようかなと。

これまでは「Fellows」の存在を知っていただくために、

 

「つづきは」

 

とした上で、
「Fellows」へ、リンクが飛ぶようにしていました。

きっと、

「姑息なことしてるな。『Fellows』に入会して続きを読めってか?」

と、思われていたことでしょう。

僕の、真意はそこではない。
「Fellows」の存在を知ってもらうためのものでした。

今では、
もう、メディアも、一般に向けてのブログを「Fellows」から拾うようになりましたからね。

検索でも「ASKA」「ブログ」と入れれば、「Fellowsブログ」がトップに出るようになりました。
一般の方々でも「メンバーオンリー」以外のブログは、オフィシャルで読んでもらえます。

毎日のように登録してくれています「Hatena」の登録者の方々には、誠に申し訳ありませんが、本日をもちまして、「Fellowsブログ」に、一本化させていただきたいと思っています。

ここ「Hatenaブログ」は、本当によくできていまして、
「書きやすさ」「写真掲載」など、書くものにとっては、実に完成されたところです。

「Fellows」では、その機能をたくさん学ばせていただきました。
本当に感謝しています。

「Hatena」様には、本日まで長い間、本当にお世話になりました。
ありがとうございました。

 

「Fellows」リンク先 ↓

 

www.fellows.tokyo



ASKA

「新潟公演」終了!!!

ステージと客席、近かったねぇ・・・。

僕が一番緊張するやつ・・・。

とっころがぁ、全く緊張しませんでした。
終始、楽しかった。

今日の新潟のお客さん、
バラード曲に、すっごく反応してくれましたね。

もちろん、ビート曲にも大ノリしてくれましたが、
バラード曲終わりの、拍手のきめ細かさ、長さ・・・。

(おじぎをしたまま)
え?オレ、今日イイの?
声枯れてるよ・・・。
頭上げていい?
え?まだ上げられない・・・・。

そんなシーンが数回ありましたよね?

「WALKING DEAD」の「ニーガン」のマネは、滑りまくり・・・。
MC中に、谷底に突き落とされました・・・。
笑ってくれていたのは、「ビルボー」だけ・・・。

そんな新潟が大好きでーす!!!

後半は、ボルテージ上がりまくり。

一列目の男よ、
泣いてくれるなよ。

前にも書いたけど、
オレ、弱いから、そういうのに・・・。

今、新幹線の中で、これを書いています。
新潟が「日帰り」できちゃうなんて・・・。

って、前にも書きましたね。

お互い、すぐに会える距離だということです。

また、ライブに行きますね。

やりきった感いっぱい。

少し、眠ろうかな。

新潟、ありがとう!!!

 

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ASKA

阪神淡路大震災から25年か・・・。

僕らが生まれる、遥か昔、

関東大震災

が、ありました。

時は「大正12年」。
当時の、日本の人口は約5000万人。
死者・行方不明者は、約14万人だったと記録されています。

すごいなぁ・・・。

今の人口で単純計算すると、約30万人の命が犠牲になったのですから。
関東大震災」での死者の多くは「焼死」だったと言われています。

本日、1月17日。
阪神淡路大震災」から丸25年です。

関東大震災」では、多くが「焼死」でしたが、
阪神淡路大震災」では、「圧死」が殆どです。

地震多発国日本では、その学びにより、他国に比べ「耐震建築技術」は高い。
特に、約100年前の「関東大震災」以降、その研究は日本家屋を頑丈にさせたのでしょうね。

現在では「震度5」以上でも、倒壊する建物はあまりありません。
倒壊する建物は、古い木造建築だったりします。

日本以外で「震度5」が起こった国のほとんどでは、倒壊も死者も多い。
この国の耐震建築技術は「世界一」です。

今や、この国では「震度6強」が発表されることも少なくありません。

 

つづきは、

 

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ASKA

二度寝終わり。

時半頃起きて、軽い朝食。
そして、いつものようにソファで横になったら、そのまま意識が遠のき、
3時間ほど二度寝をしてしまいました。

昨日の「公開リハーサル」では、最初、声が出ない出ない・・・。
体験されたお客さん、ビックリされたのではないでしょうか?

ああいう時、通常、シンガーは声温存のためにあまり歌わないようなのですが、
僕は逆なんです。

ウォーミングアップと捉えて、徐々に声を出していく。
喉が完全に開くまで(この表現は僕の表現です)、本番さながらに歌う。

この「本番さながら」の加減が、僕には、いまだにわかりません。
40年僕に付き合ってくれているステージプランナーの「大久保ストップ」が入ったところで、
だいたい終了かな。

 

つづきは、

 

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ASKA

「渋谷ラインキューブ公演」終了!!!

今日も、良かったねぇ!!!

最高のノリで演出してくれてありがとう。

そう、
最大の演出は、お客さんなんです。
お客さん同士が、共に昇りあって行くことで、ライブはピークに向かいます。

正に、そんなライブになりました。

今回も、全会場がそうなっています。
そんなのを見せられて、ステージ上がエキサイトしないわけがありません。

ありがとう。

今日、驚きのお客さんが来ていたのです。

アメリカのヘヴィメタル・バンド、

Megadethメガデス)」のギタリスト、

Marty Friedmanマーティ・フリードマン)」が、観に来てくれてたんですよ。
ビルボーのメンバーの1人が、マーティとお友達で、今日連れてきてくれたんですよね。

もちろん、ライブ終了後、会いに来てくれました。
日本語、上手かったなぁ。ビックリでした。



マーティは、「古川」「鈴川」に、
「ギター素晴らしいね!!すごいよ!!」
と、声をかけていました。

僕には、

「今日聴いた曲、全部、僕のツボだったよ!!」

と。

あはは!!
ね?

「ツボ」なんて日本語喋るんですから。

僕は、

「今度、一緒にやろうよ」

と、声をかけたんですね。

そしたら、

「Yesだよ!!でも、こんなにすっごいギタリストがいるじゃない!?」

って。

マーティは、「メガデス」の黄金期のギタリストで、
グラミー賞」にノミネートされてます。

今日は、
とにかく「三位一体」の演奏に驚いていました。

近いうちに、僕の楽曲に「マーティ」の名前が、クレジットされる日が来るでしょうね。

「スターにしきの」さん、大量のユンケルの差し入れ、ありがとうございました。
テリー伊藤」さん、「定休日」の「アンパン屋さん」を稼働させてくださいまして、ありがとうございました。

そして、何より、
僕たちと、一緒に空に昇ってくれた「ラインキューブ」のお客さん、

「最高のノリ」を、ありがとうございました。

 

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ASKA

本日「渋谷ラインキューブ」機材席開放できませんでした。

今回の東京公演。

日時、場所を変えながら、追加公演を含んでも、
「3公演」しか、ホールを確保できませんでした。

本日、1月15日

「渋谷ラインキューブ(旧渋谷公会堂)」

で、東京2公演目となります。

本日、機材席開放ができません。


3日目となる「追加公演」は、

2/11(火・祝)
東京文化会館 大ホール

ですが、
すでに完売しています。


後、東京近郊では、

2/9(日) 開演17:00
神奈川県民ホール 大ホール

ここも完売しています。


今年、日本一のイベントは、

2020年東京オリンピック

ですからね。

どこも誰も本当に大変。

3日間やらせてもらえるだけでも感謝です。

後で、お会いしましょう。
お待ちしております。

 

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ASKA

ツアー、後7本か・・・。

1月6日「大阪公演」をお待ちいただいていたみなさんには、突然の「高熱」のため、「延期」というご迷惑をおかけしてしまいました。

本来「追加公演」であったはずの、

「3月13日大阪フェスティバルホール

を、「振替公演」とさせていただきました。
申し訳ありませんでした。

残り「7本」ですね。

ほぼ全公演「ソールドアウト」でステージに上がらせていただいていますことを感謝いたします。

しかし、7公演中、

高崎(群馬)公演
新潟公演

は、「ソールドアウト」にはなっていません。

みなさん、僕に気を使ってか、
いろんなところで声を掛け合ってくれていますが、
いいんだよ。

この2公演は、初めから「苦戦地区」で、挑んだのですから。

前回の「新潟公演」も、そうでしたからね。
最後に「C&A」で、お邪魔した時も「ソールドアウト」にはなりませんでした。

それでも、僕は、やる意味を優先した。

僕は、デビュー当時から守って来ていることがあります。
これだけは、必ず守り通すね。

客席を埋めるために、また見栄えを良くするために、
「ただ券」だけは絶対にバラまかない。

これはプロになるときに決めたことでした。

なぜならば、アマチュアの時に「ただ券」を頂いて、
数回、プロのライブを見に行ったことがあるからです。

確かにプロのミュージシャンは、アマチュアとは違いました。
でも、それだけだったのです。

次に、そのミュージシャンたちが福岡に来たときに、
お金を払って、観に行く気にはなりませんでした。

なぜなら、前回「ただ」で観てるから。

もちろん、これは僕の感覚であって、
「戦略」「戦術」的にそれが必要なアーティスト、
そして「そのような時期」というものがあるでしょうから、
一概に否定はできませんが、僕はやらない。

例えば、2000人の小屋で半分しかお客さんが入らなかったとしても、
僕に興味を持ってチケットを買ってくれたお客さんたちと最高の時間を過ごす。

これが、

「対価」

です。

C&Aが、アジアで大成功できたのには、いくつかの要因がありますが、
その中でも、

「『ただ券』はバラまかない」
「開演間際になってのチケットの『ダンピング』はやらない」

これを、徹底的にプロモーションしたからです。

結果、全各国「ソールドアウト」となりました。

特に、アジア圏の場合、
お客さんの多くが「開演直前のダンピング」を待つ習慣があったんですね。
その情報が、予め耳に入っていましたので、

C&Aはやりません」

を、徹底しました。
成功した要因のひとつではありますが、そのひとつは大きかったと思っています。

「ただ券」を手にしたお客さんは、その程度のお客さんですので、
ライブを楽しむことへの興味が希薄なのです。

ライブ中に帰ったりしますからね。
帰らなくとも、参加しただけ・・・。

次回、チケットを購入してくれるお客さんにはなりません。

友人からチケットを譲って貰ったり、
また、業界人との繋がりによるケースならあるでしょう。
それなら「代々木体育館」を10日間やったときにもあった。

それに関しては「出会い」と、捉えていますので気にしてはいません。

今日、何を伝えたいかと言えば、

「高崎(群馬)公演」
「新潟公演」

を、

「ソールドアウトすることに、拘らなくてもいいですよ」

と、いうことです。

「アーティストパワー」という言葉を、良く耳にされるでしょう?
ソールドアウトにならなかったということは、
今、この時期に、その場所を満席にする、
僕の「アーティストパワー」がなかったということだけです。

そして、

「この時期」

を、強調させてください。

「次は更に」と言いたいでしょう?

初めてライブを観てくれたお客さんが、

「なぜ、前のライブを観ておかなかったんだろう」

と、思わせることが、僕の仕事です。

いつもそのような気持ちでライブに挑んでいます。

その上で、今回のライブ、
少しでもたくさんの人たちに観ていただきたいというのも本心です。

自信を持って言えるから。

残り、7本。

明日は「渋谷ラインキューブ」、
一緒に「龍」が空に昇るような高揚感のある空間をつくりましょうね。

 

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ASKA

帰宅。

札幌、

「楽しかった!!!」

札幌、前回の「ありったけツアー」では、お邪魔することができず、お待たせしましたからね。
今回、ものすごい盛り上がりを見せてくれました。

もう、今秋からのツアーの話も進めていますよ。

そして、ライブの熱気もさることながら、
本日の、「餅切り」「初稽古」も楽しかった。

今、東京に戻りました。

恩師「尾崎先生」
「栄花直輝八段」

との、稽古。

尾崎先生、僕がメンを叩いても、認めてくれない(笑)

O「なーんだ!?そんなメン」
A「えー!?1本でしょう!!!?」
O「ダメだ!!ダメだ!!しっかり当たってない!!打ったら、しっかり前に腕を伸ばせ!!」
A「(心の中で)知っとるわい!!でも、今のは1本ですよん!!」

高校生当時、あんなに怖かった先生と、こんなに愛しい関係になるんですね。
昨日の夜も、剣道部の「同窓会」だったんです。
先生「愛されキャラ」全開でした。

「栄花八段」、まぁ芸術ですよ。
一本も取れませんでした。

A「強ぇ!!!参りました」
E「動きますねぇ。60代で、その動きはないですよ」
A「全然、褒めてない」

最後は、剣道において、掟破りの所作。
抱き合って、稽古を終えました。いや、稽古をつけてもらいました。

そして、最後に、札幌時代の宿敵のライバル「伊藤」と。
伊藤は、当時「北海道一番の剣士」と言われていたんですよね。

僕と伊藤の対戦成績は「1勝1敗」。

で、
前回、非公式ではありますが、僕が勝ちましたので、
二人の関係において、「2勝1敗」と、なったわけです。

今回は、僕の負けでした。

「2勝2敗」だ。

今日は、テレビ局のインタビューのお話もあったのですが、
あくまで「北海道剣道連盟」主催の「初稽古」が、主役です。

インタビューをお断りしたことで、
どうかご気分を害されませんようお願いいたします。

来年も、ぜひ、参加させてください。

今日、僕にかかってきてくれた剣士のみなさん。
指導者としての余裕がなく申し訳ありませんでした。

必死だったんです(笑)

さて、明後日は、

「渋谷ラインキューブ」でのライブですね。

満席のお客さんの熱気。

若い頃は、「熱気を跳ね返す」という表現がカッコよかった時代もあるのですが、
跳ね返しません。

丸ごと吸収します。
そして、一体となり、空を突き破る「龍」のようになりましょうね。
そんなライブにしましょう。

お待ちしております。

 

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ASKA

今日の僕の朝は、格段、晴れやか。

昨日の「札幌公演」の大成功後の食事会では、

みんな今回のライブの手応えをしっかり感じていまして、
出来ることならば、ずーっと「追加公演」を続けたいと盛り上がりました。

メンバーとホールの押さえができるものならば、
「本公演」より「追加公演」の本数が3倍も4倍にもなっていいじゃないかと。

それだけ、みんなが楽しんでいます。

「ステージ上が楽しくなければ、お客さんを楽しませることなんてできない」

もう、そんなことを心に命じなくとも、

今回のライブは、それを「無心」でやれています。

先ほど、起きました。
ものすごい睡眠時間・・・。

ホテルのカーテンを開けましたら、札幌の中心街ではない景色が広がっていました。
初めて「パノラマ撮影」をやってみましたよ。



手前は、語らずとも「線路」ですね。

僕のふるさと福岡の「春日原(かすがばる)駅」は、
本来なら、後2年くらいで「高架工事」が完了する予定でしたが、

工事中「遺跡」が発掘され、更に4年工期が延びそうです。

「遺跡」か・・・。
しょうがないよね。

昨日は、母が他界して丸三年でした。

 

父は、「春日原駅」が完成するのを、

「生きてるうちに見られるかなぁ」と、よく言います。

 

昨年90歳になりました。
工期が、更に4年延びたことで、更にその感情が高まっているようです。

そんな父は90歳にして、今年5月、剣道「八段」を受験します。
ここでは、その剣道界最高峰の「八段」の難しさをお伝えしてきました。

1000人受験しても、合格者は2,3人ですからね。
過去、剣道界では92歳にして受験された方がいらっしゃいました。

90歳の父は、今でも家の1階2階を、難なく毎日上り下りしますので、
体力的には、全然90歳を感じさせません。

昨年、車庫のシャッターで指を1本潰してしまった父ですが、

その後の稽古により、失った右手中指を、今では、脳がちゃんと10本に錯覚しているようで、以前の動きに戻っています。

高齢者全国剣道大会(年齢別)では、過去7回優勝しています。
今年も出場するでしょう。
僕が、父の動きを見ている限り8回目の優勝はありえますね。
剣道界の記録を、また更新するでしょう。

ただ「八段取得」は、まったく別物です。
試合の勝ち負けではなく、剣道が「八段」でなくてはならない。

父の年齢を考えますと「無謀な挑戦」ですが、
高齢化社会においては、老人に勇気を与える「希望の挑戦」であることは間違いありません。

今、父の「八段への挑戦」のドキュメントに、いくつかのメディアが動き始めています。
ASKAの父」としてではなく「90歳剣士、八段への挑戦」に対してです。

父は、メディアへの露出を頑なに拒否していますが、
僕は、一剣士として、日本人として、高齢化社会に「夢と勇気と希望」を共有させることのできる存在となって欲しいとの思いで「父の頑な」を、一生懸命柔らかくしているところです。

ぜひ、父を口説き落としてもらいたいですね。

父は、

「合格するなど思ってもいない。我が剣道人生の思い出として受験する」

と、言っています。

正直な気持ちだと思います。

常日頃、

「剣道は精神の鍛錬のための修行。しかし、試合は出るからには勝たなくては意味がない」

と、言っています。
僕も、それを受け継いでいます。

昨日、恩師「尾崎先生」と、「栄花直輝八段」が、ライブに来てくれました。
「栄花八段」は、剣道界のスーパースター選手です。

「栄花八段」は、自分の立場を鑑み、「自制」を重んじ、
これまで5年間、僕と会うことは難しかった。

当然です。

痛いほど受け止めることができる「当然」でした。

昨日、僕の「今」を観に来てくれたんですね。
ライブ終了後、「まんまの笑顔」で握手を交わしました。

「栄花八段」は、父の「八段受験」を、

「お父様なら、十分チャンスはあります」

と、言ってくれたんですよね。
父には、その言葉を伝えました。

父は、「栄花八段」を、

「剣道界で、最も美しく強い剣士」

だと、常日頃語っています。
そんな剣士から、そんな言葉をもらったのです。

「父よ、なんぢの挑戦を、思ひ出ばかりにすべからぬ」

です。

13日の「鏡開き」「初稽古」では、
「栄花八段」に、久しぶりに稽古をつけてもらいます。

過去を消すことはできません。
しかし、前を見て歩くことで過去が遠ざかっていくことも確かです。

今日迎えた札幌の朝は、
僕にとって、格段、晴れやかです。

今日は、これから、会報来月号の「散文詩」を書きます。

 

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ASKA

札幌文化芸術劇場「hitaru」

今、
リハーサルが、終わりました。

「hitaru」

前回、「スタレビ」「KAN」「大黒」たちと、

「ドリフ」

やったところですね。
あの時は、どうかしてました・・・。

今日は、「お歌」を歌いに来ました。

さぁて、ドッカン行きましょうね!!

 

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ASKA

札幌のみなさん、「未体験ゾーン」にお連れさせてください。【追記】

以前も語りましたが、今の時代において、世間への広がりで、
いちばんの力となるのは、良くも悪くも「拡散」ですね。

昨日の「東京公演」、
急遽、ライブ直前に「テレビ5局」「新聞」などをはじめとするメディアが駆けつけてくれました。

テレビ番組、新聞は、翌日に間に合わせるために、だいたいライブ前半だけを収録、そして記事にしてくれることが多いのですが、現代は「拡散」の時代。

僕のライブ構成での見せ場は後半の「畳み掛け」ですので、
ライブにおいての「熱気マックス」を世間に観ていただきたい。

今後は、ライブ後半の「畳み掛け」までを紹介していただけるよう、
僕らも意識を変えなくてはならないなと思った次第です。

昨日は、友人の、
根本要」「岩崎宏美」「村上啓介」、
新日本プロレスの「石井智宏」「リーダー渡辺正行」さんらも、

来てくれました。

「KAN」は「レゲェ問題」で気落ちしていますので、

来ません←ウソうそ。日にちが合いませんでした。

ライブ後、

要「オマエなぁ・・・まさかあの場面でぶっこんでくるとは思わなかった。油断してたじゃねぇか!!(爆笑)」

明後日、11日。
いよいよ、札幌公演ですね。

前回お邪魔できませんでした「バンドツアー」を、

やっと観ていただけます。

 

ビルボードストリングスチームと融合の「バンドツアー」。

今回体験されましたお客さんから大絶賛をいただいています。

これまで、誰もやったことがなかったライブスタイルですからね。

それを、ぜひ、体験してください。
この融合、

「ナマら、未体験ゾーンだべや!!」

です。

お待ちしております。

これは、まだ「ASKAバンド」には、秘密にしているのですが、
僕は、「ビルボー」を連れて、

「抜け駆け『お寿司ナイト』」

を決行します✌︎('ω')✌︎

メンバーを大切にしないのか!!??

なん細かいこと言うとるがじゃ・・・。
こいだけは裏切るぜよ (・`ω´・ ○)キリッ



「美人評論家」ASKA

P.S.
ライブ後、僕は居残りで、
13日に行われます、札幌での「令和二年、剣道鏡開き(初稽古)」に参加させていただきます。

なるべくたくさんの剣士と竹刀を交わらせていただきたく思い、
今回、お許しをいただきましたので、
誠に失礼ながら、今回も前回同様、中盤あたりからは、高段者側に立たせていただきます。

よろしくお願いいたします。

 

追記 :

札幌公演後、
1月13日の「稽古はじめ」は、「北ガスアリーナ」で、
朝6時過ぎから7時15分過ぎごろまで行います。

稽古後、
「鏡開き」の「餅切り」「日本剣道型」などが、行われます。
体育館ですので、毎年、それを見に来られる方もいらっしゃるようです。
2階が、観客席になっています。

今年の「餅切り」は、僕の恩師「尾崎先生」が、行います。
「初稽古」から「鏡開き」まで、一般開放されてるとのことで、追記させていただきました。

昨夜も早く寝ました。

ですので、こんな時間に起きてしまいました(5:46)

一昨日は、病院以外、コンコンと寝ていましたからね。

今、コメントを読んでいました。

もともと、

「大阪のライブを楽しみにされていたみなさん〜」

を、

「大阪の方だけではないはず」

と考え、

「ライブを楽しみにしてくださっていた「関西地区」の方々、〜」

と、書いてしまいましたが、配慮を間違えてしまいました。

そうですよね。
全国から来られています。

上海からもいらっしゃってましたね。

「大阪のライブを楽しみにされていたみなさん〜」

で、良かったですね。
申し訳ありませんでした。

そして、ライブ中止の決定は、病院での診断に委ねました。
6日、10時過ぎの新幹線で大阪入りすることになっていました。

「公開リハーサル」がありましたからね。

「コンサート保険」

と、いうものがあります。

コンサート前のリハーサルで音を出す前に、当日の公演の中止を決めなくてはならない。
少しでも音を出してしまったら「保険」が効かないのです。

新幹線に乗っているはずの時間帯は、ベッドでした。

ライブ当日の目的は、ライブですからね。

「公開リーサル」ではありません。

僕は、ボランティアやチャリティを行うにおいて、決めていることがあります。

「身を削ってはならない」
「やれる時に、やれる人がやるもの」

この順番で決めますと、
まずは、「公開リハーサルをなくす」ということでした。

「インフル」ではないことがわかり、点滴も終わり、
それでも、身体が自由にならなかった。
と、いうより「もうろう」としてた。

それを確認して、マネージャーがイベンターに報告する。

ライブ中止の発表までは、最短だったと思います。

自分で「無理だ」と感じても、
「やれるか?」と聞かれたら、

「やる」

と、しか言わないでしょうからね。

後は、ドクターストップしかないんですよね。

体調には、かなり気を配っていたつもりでした。
しかし、若い頃の「やりきった感」からの症状を当てはめると、あの発熱は確かにそう。

ツアー中に、安心することなど決してないはずですが、

「よし!後はこのまま最後まで行けばいい」

と、いう決心が、安心になったとしたならば、
先日、語った「のりしろ」も何もあったもんじゃないなと。

こんな風に、朝から能書きたれるくらいに回復しています。


ASKA(2020/1/8 7:33)

P.S.

それにしても「アメリカ」「イラン」情勢・・・。
「日曜のお話」の後半が、形になりかけていますね。

エイリアンは、

「民主主義を崩壊させるあなたたち(アメリカ人)の一人の男による先制攻撃で核戦争が起こり、
人類は数百万人になってしまう」

と、語りました。

トランプさんの決断した暗殺が「先制攻撃」なのか、
それとも、今後、開戦となる本当の「先制攻撃」が起こるのか・・・。

自分の未来は自分でつくるものならば、
「戦争回避」の未来もつくれそうなものですが、そこは、そうはならないんだな。
「意識」自体も「複合体」ですからね。

これは、また、今度日曜に。

 

www.fellows.tokyo

やっと熱が下がりました。

ライブを楽しみにしてくださっていた「関西地区」の方々、本当に申し訳ありませんでした。

少々の熱くらいなら、普通にステージには立つのですが、
一昨日の深夜頃から、発熱が始まりまして、昨日、早朝の段階で「これは無理だ」と。

この時期です。
いちばんに「インフルエンザ」を疑いますよね?

すぐに検査をしました。
「インフル」では、ありませんでした。

その後の会話は、ほとんど覚えていない中でも、こう言われたのは覚えています。

「喉が少し赤いね。」

これは、僕らシンガーにとっては、
ツアー中の印のようなものですからね。

発熱以外、身体にはきついところがないわけです。

「あえて病名をつけるとするならば『急性咽頭炎』というしかないねぇ」

この「急性咽頭炎」で、思いたることがありました。

僕は、30代前半まで、
年末、年始を故郷「福岡」で迎える度に、決まって発熱していたんですよね。

一気に熱が上がり、1日で引く。
その時も、お医者さんから、このようなことを言われていました。

「あえて言うなら、いつものように『急性咽頭炎』かな。故郷に帰ってきてホッとしたんだよ」

そうでした。

病名の定かではない「発熱」にやられていたのでした。

20代から30代にかけては、毎年、

「1年間、やりきった」

と、思えたものです。