7公演目 京都公演「京都ロームシアター」

今日も、最後の最後までありがとう!!

4階のお客さんまで、しっかりと見えてましたよ。
最後は波のように揺れていたのが、よく見えました。

今日の「坂本龍馬」のお話、すごかったでしょう?

京都では、毎回何か起こりそうな気がしてまいりました。

あ、でも、
次のツアーでは、京都、入ってないのかぁ・・・。

じゃ、その次だ。

僕は、ずっと歌います。

必ず、また、お会いいたしましょう。

ラブラブショー、
お付き合い、ありがとうございました。

明後日は、札幌ですね。
僕は、京都の温度を、そのまま札幌へ持って行きます。

今日は、沖縄のダイビングスクール「リベルテ」のご夫妻が駆けつけてくれました。
今、食事中です。

「夏休みの計画」

何度、話しても、あの7日間は鮮明に蘇ります。

同じように、
今回の「ビルボードラシックス」、僕の音楽人生の記録帳に、
太文字で書き残す、コンサートになっています。

オープニングを舞台袖から聴きながら、こう思っています。

「感動は、すぐそばにある」

素敵な夜をありがとう。


ASKA(2018/12/10 23:18)

 

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6公演目 兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール

今、会館を出ました。

車の中からです。

今日のホール。
海外のオペラ劇場で歌わせていただいているような気持ちになりました。

そうか。
阪神大震災」復興のシンボルとして建てられた会館だったのですね。
素敵なホールでした。

そのホールを運営されている方が、本日のオーディエンスを見て、

「とにかく熱気がすごい。驚きました」

と。

知っていますよ。
それを浴びていたのは僕です。

そして、それはお客さん同士に伝染し合っていましたね。

最後まで、熱いアンコールをありがとうございました。
止まないアンコール。

舞台監督の判断で、急遽、もう一度ステージに出ました。

あれは、予定外でした。

兵庫の皆さん、
見事なラブラブショーになりました。

ありがとう。
また、来年バンドツアーでまたお会いいたしましょう。

 

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ASKA(2018/12/8 20:42)

へぇ・・・。面白いものを見つけました。

先日、「デビッド・フォスター」にお会いし、
僕の中には、膨らむものが大きくなっています。

うん、きっとデビッドと仕事ができる日は、やってくると思っています。

そうだなぁ・・・。
来年は、もう僕のスケジュールは、いっぱい、いっぱいですので、
そうすると、2020年以降かな・・・。

デビッドも「ワーカホリック」ですので、スケジュールはいっぱいでしょう。
2020年以降なら、何かできるかもしれませんね。

Chicagoを蘇らせたのが、デビッド・フォスターだと、お伝えいたしました。
僕は、その蘇ったChicagoを聴いて、デビッドを意識するようになりました。

僕が、洋楽にどっぷり浸かったのは、そのChicagoからですからね。
Fellowsの中にも、僕のメロディとChicagoのメロディの共通点を感じた方がいらっしゃいました。

そのChicagoのボーカリストが、

「SAY YES」
「YAH YAH YAH」

を、カバーしてくれていたことを、ここでお伝えしました。

今、知りました。

「はじまりはいつも雨」

も、カバーしてくれていたのですね。

https://www.youtube.com/watch?v=OohAHAs9BDE

サウンドは、いかにもChicagoになってます。
やはり「ビッグスネア」を強調したサウンドに仕上がっています。

そのChicagoですが、大ブレイクしたことを、「デビッド・フォスター」の力だと、言われ続けましたので、
Chicagoとしては、面白くないんですね。

Chicago16
Chicago17
Chicago18

この3枚のデビッド・フォスタープロデュース後、デビッドと離れることになります。

理由は、

「Chicagoサウンドではない」

と、いうことでした。

しかし、19、20とChicagoが制作したアルバムは、デビッド・フォスターサウンドを、継承したものでした。
ですので、デビッドと離れた後も、サウンド、メロディはデビッドでしたので、僕は好んで聴いていました。

ミュージシャンのプライドが、邪魔しちゃったんですね。

デビッド自身も、変化しているのです。
あのまま、一緒にやってもらいたかったな。

それにしても「はじまりはいつも雨」が、カバーされていることを知りませんでした。
去年も同じようなことがありました。

「ふたり」

が、カバーされていたことを知りませんでしたからね。

https://www.youtube.com/watch?v=84PHdnz0O9I

僕の曲は、欧米のアーティストから、いったい何曲カバーされているんだろ?

全部、聴いてみたいな。

さて、今日のラブラブショーは、兵庫のオーディエンスとです。
最高の「共有空間」にしましょうね。

って、こんなに早く起きちゃったよ。

 

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ASKA

文春さん、世間は文春さんが思うほど馬鹿ではないですよ。

今、マネージャーから連絡が入りました。
店頭で記事を確認したそうです。

やはり、今日にぶつけて発売してきましたね。
本日6日、見開き2ページの記事とのことでした。

福岡〜東京〜北海道

結局、何にも文春が喜ぶ話は出て来ず、

昔(あえて昔という)のことを持ち出し、
一般人を巻き込んで、その一般人の方の印象をも悪く感じさせる内容になっていました。

読みたい方だけ、読んでください。
文春はどうしてもネタがなかったため、
とりあえず、

ASKAはどうしようもない最悪の男だ」

と、印象付けさせる記事になっています。
週刊文春」は、僕に、

「東京駅で声をかけた」

と。

「かけた」のではありません。

発売日が迫り、何にも書くことができなかったので、突撃取材をしてきたのです。
もし、文春がきちんとJRから「取材許可」を取っていたならば、
あのような下りエスカレーターでの危険な取材手法に対して、JRに抗議をしないとですね。
  
その突撃に対して、僕の返事が、

「はぁい」

だったと。


これ、2013年の記事で、僕が、

「元気れーす!」

と、さも病気のように、そしてバカっぽくみえるように書いたあの時の手法です。
あの時と、同じ記者が書いたもので間違いないでしょう。


今回の記事。
とにかく、文春としては、僕の復活が面白くないわけです。
あれだけ「再起不能」と世間に言い切ったにも関わらず、その人が再起してしまった。

また、ここにきて妄想扱いしていることなども、文春が、どれだけ取材ができなかったかが分かります。

記事にありました、僕が入院できなかった足立区の病院ってどこでしょう?
僕は、1日5万の入院料が払えなかったそうです。

うん、確かに高い・・・。
払わない。行かない。

それから、大手企業の代表が登場しています。
僕を「支援」しているのだそうです。
その代表が、女性との再会をさせたのだそうです。

あの時の僕に、代表はこう言ったそうです。
「だって、俺たち友だちじゃん!」

どうして、こういう書き方をするのでしょうね。

「生きていればいろいろある。過ちを繰り返さないことが大事。
こんなときこそ、傍に居てあげるのが、本当の友人だよ」

と、友人を通じて言葉をかけてくれました。


さらには、
元妻が、

「許さない!!」

って・・・。

そんな感情的な人ではありません。
そして、元妻のお兄さんの言葉も、僕に恨みを抱えてるように書かれてる。
心外な文章にされてしまってると思います。


いろいろ、織り交ぜて、記事にしてますが、
この記事を載せることで、これを取り上げるメディアと肩を組み、
自分たちへ世間の攻撃が集中しないようするのです。

それにしても文春の発行部数が、ここまで激減しているとは知りませんでした。

どうしてここまで発行部数が落ちたのかを、良く考えた方がいいと思います。
もう、あなたたちの大仰な「作り話」を喜んで話題にするほど、世間はバカではありません。

文春がつけた見出し。

文春を手にとってちゃんと読もうという人がいなくなった証でしょう。
読まれない、買ってもらえない、を前提に、
せめて見出しだけでも、悪い印象を植え付けさせて、興味を持たせる。
低俗なゴシップ誌なら、そう書くだろうという予想が、見事に当たりました。

もう一度、言いますが、世間は「文春」が思うほどバカじゃないんです。

東京駅で、

「仙台素晴らしかったです!!我々も心を入れ替えて、ASKAさんの今を伝えたいのです!!」

と、言った若手文春記者の○○君、

「元気れーす」

と、書くような記者にならないでください。

これまで、こういう記事を書かれても、みんな黙ってきた。
みんな我慢するしかなかった。

「週刊誌は面倒だ」
「反論したら、反論返しで記事にする。そうなると思う壺だから我慢するしかない」

著名人が、いつまでもそんなこと言っているから、それを利用されるのです。
もう、時代は変わった。

SNSがあれば、一人でも充分戦える時代です。
ここで、説明すれば終わりですから。

「事務所に質問を送ったが、返答はなかった」

当然です。
悪意を持って接してきてる週刊誌の質問に答えるわけがない。
答えても、そのとおりには書かないからです。

高校時代の恩師が文春の取材を受けたことや、
その受け答えもここで書いてきました。

ここで事実を伝えたことにより、
文春は、取材で得た発言を変えられなくなってしまいました。

今日、6日は東京公演最終日です。
5000人の前で、いつものように感動し合うだけです。

みなさん、コンサートを思い切り楽しみましょう。
今日もラブラブショーだ!

 

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ASKA

明日発売の「週刊文春」、見出しを見ました。

明日、

週刊文春

が、読み通り、東京公演最終日に、ぶつけて来ました。

見出しは、

前妻は「絶対に許さない」
愛人とニンニク注射

となっていました。

文春は、本当に、ゴシップ週刊誌に成り下がりましたね。

前妻は「絶対に許さない」

これでは、元妻が逆上するタイプに見えてしまう。
そういう人ではありません。

本当に醜(みにく)い、週刊誌です。

そして、

愛人とニンニク注射

まだ、記事を見たわけではありませんが、ゴシップ誌です。
これまでの「文春」のやり方、低俗さから推測するに、

「愛人」

と、いう言葉と、

「ニンニク注射」

を、「と」で接続し、
あたかも、僕と女性が、一緒にニンニク注射を受けたように思わせるやり方でしょう。

まだ、何とも言えませんが、そのような事実はありませんので、
ゴシップ誌」なら、その手を用いるでしょう。

「明日発売」と、いうことは、深夜にコンビニに並ぶことになりますので、
読みたい方は、どうぞ。

僕のブログで内容を知りたい方は、
お待ちください。

 

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ASKA

いま、連絡がありました。

やはり混雑が予想されるとのことで、

本日も15時から、グッズコーナーだけはオープンされるそうです。

僕は、その混雑を見たことがありませんので、
一度、見てみたい。

グッズを自ら売ってみたい。
バレないよう、変身して売ってみようと思います。

赤いマント、
タイツで姿で・・・。

バレたら、飛んで逃げます。
超低空飛行で柱の陰に。

ゴンっ!!←ぶつかるんかーい!!!

 

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ASKA

まぶたが・・・。

さあ、今日はコンサート4日目。
「東京公演」です。

ただただ、集中です。

週刊誌に敏感にはなっているわけではありません。
ただ、利用されたくないだけです。

「Hatena」の読者と、「Fellows」の読者、そして毎日の通りすがり人数を合算すると、
週刊誌が何を書こうとも、ここで、説明するだけで、事足りるんです。

週刊誌であれ、個人であれ、
もう今、ネットにおいては、その拡散力は、何も変わりません。

それに、○○に対しての「非売運動」は、僕の望むことではありません。
コメントを書かれる方は、そこを理解していただければと思います。

ああ、よく寝た。

何だよ、この目の腫れは・・・。

東京公演、
この瞼の腫れが、おそらく話題になると思います。
ウチのスタッフの間では・・・。

 

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ASKA

週刊○○さん、しつこいわ・・・。

てな、やり取りをここで初めて、もう何日?

僕は、音楽活動をやっています。

そんなに、僕の活動が面白くありませんか?
どうしても「東京公演」にぶつけたいですか?

と、いうことは「6日」発売ですね?

ここに来て、僕の元に様々な情報が寄せられて来ます。
ライターさんのプライバシーなど、興味ありません。

「オレは週刊誌か?」

と、思ってしまうくらいです。
いやぁ、恨まれてますよ。

違法取材は、東京駅構内だけではないですよね?
これ、問題です。

せっかく、こちらは「イイ天気」続きなのに、
無理やりホースで雨を降らされてもね(そんなMVがありました)。

明日は、ライブですし、
このくらいにしておきますね。

 

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ASKA

デビッド・フォスターに会って来ました。

「デビッド、あなたが僕の音楽を変えたんです」
「私の音楽が?」
「あなたの音楽を見つけてから、僕の音楽は根底から変わりました」
「そうなんだね。」
「はい。僕は、あなたと仕事がしてみたいし、できればフレンズに・・・」
「フレンズになるかい?歌ってみなよ?」
「え?」
「さあ、歌ってごらんよ!!!」
「どこで?」
「ここで!!今!!!」

実は、以前、ここで「デビッド・フォスター」のことを書きました。
僕の音楽が変わったのは、デビッド・フォスターを知ってからだと。

それを書いた2日後に、デビッドと会えることになったのです。
信じられませんでしたが、僕は、日頃ここで言って来たことがあります。

「良いことだけ考えればいい。それをイメージすることが実現につながる」

と。

言霊ですよ。

逆を返せば、悪いことは考えてはならないし、イメージしてはならないということになります。

あの日、

「いつかデビッドと仕事をしてみたい」

とも、書きました。

今日のデビッドは、いつものようにお客さんにフレンドリーで、サービス満点でした。

ライブ後、楽屋に案内されたのです。
不思議と、緊張はありませんでした。

「やっと、会えた」

という、気持ちだけでした。

文頭で、お話しした状況になったのです。

「ここで!!今!!!今、歌ってごらん!!」

デビッドの曲を歌っても意味がないと思ったんですね。
僕はデビッドに曲を書いてもらいたいわけではなく、プロデュースしてもらうことが夢でした。
楽屋にはピアノがありました。

「OK、デビッド。では、今からアドリブで歌ってみるね」
「いいよ!!いいよ!!聴かせてみなよ」

あり得ないチャンスです。
僕は、思いつくままにメロディを作り、アドリブで歌いました。
録音しておけば良かったと思ってしまうくらい、良いメロディが出たのです。

「ワオ!!素晴らしい!!これは素晴らしい!!!」

デビッドは、バンドメンバーの拍手を誘いました。
楽屋が、拍手でいっぱいになたのです。

「デビッド、今日僕は最近リリースしたアルバムを持って来てて、
 もうすでにデビッドの手に渡ってると思います。」
「ああ(バッグの方を見て)、まだ貰ったばかりで聴いてないから、かならず、聴かせてもうらうよ」
「ありがとうデビッド!じゃ、またお会いしましょう」
「OK!明日、朝、会おう!!!」

このジョークがただのジョークなのか、とても気に入ってくれてのジョークなのかはわかりません。

今、僕には何が起こるかわかりません。
ただ、間違いなく、全てが良い方向に向かっていることは間違いありません。

デビッド・フォスターの音楽に出会って、始めて書いた曲が

「LOVE SONG」

です。

いろんな人たちから、

「一体、何があった?」

と、言われた曲です。

僕の音楽を変えた人。

デビッド・フォスター

今日、また、新しい出会いがありました。

僕は、デビッドの仲間「Friends」に入って、ワールドツアーをしてみたい。
もちろん、その前に単独でワールドツアーを行ってみたい。

帰りの車の中で、マネージャから、聞かされたのですが、
僕が歌い出してすぐ、マネージャーの顔を見て、

「ワオ!!」

という目配せと素ぶりをしてくれたのだそうです。

いつか、実現したらいいな。
特別な夜になりました。

 

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ASKA

「奇跡の演出が誕生」と、掲載されていましたか。

はい。

もう

「できるか、できないか」
「間に合うか、間に合わないか」

などとは、言って居れなくなりました。

「パリ木の十字架少年合唱団」

も、追加公演の12月23日。
「静岡公演」で、自分たちを日本のオーディエンスに観てもらえることを楽しみにしています。
たとえ、一緒に舞台に立てなかったとしても。

それに何とか間に合わすことができるよう、
お互いのスケジュールを合わせることができたのが、一昨日でした。

本当に、

「ギリギリのギリギリのギリギリ」

なんです。

これ、もう何としても間に合わせなくてはね。

クリスマスイブ前夜に

「十字架少年団」との共演です。

なぜ、僕が、これを面白いと思ったか。

先日より、

「最高傑作曲ができた」

と、伝えて来ました。
そして、それには女性ボーカルが必要だと。

やはり見事にハマったんですよね。

そして、「パリ木の十字架少年合唱団」とのお話をいただいた時、
そのハーモニーを彼たちにやってもらいたいと考えたからなのです。
しかも、日本語で。

その曲の歌い出しは、ロックテイストなのですが、
サビからは、突然、まさに彼たちが歌うようなメロディに変化します。

曲が生まれて、すぐに彼たちとの話がきた。

これは、もう、「迷わず、やりなさい」と、言われた気がしました。

その曲で共演させてもらいます。

もちろん、2月の「Blu-ray」「DVD」の、収録曲になりますので、
23日のために無理なさらないでください。

「共演ができた」

こっちの方が大きいのですから。

そして、
その新曲に関しては、アルバムに入らなくなる可能性が高くなって来ました。

いろいろ、
僕にとっては、「未来」がかかった曲になりそうです。

オリジナルは、「少年合唱団」の声ではありませんからね。

オリジナルは、オリジナルとして、
とっておきたいと思っています。

さて、今夜は、
ミュージシャン人生、特別な日になります。

 

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ASKA

週刊○○さんへ

27日、仙台から東京駅に着いた時でした。
新幹線を降りてすぐ、1人の男が凄い勢いで駆け寄ってきました。

「週刊○○の○○です。一言コメントをいただけますか!?」

突然のことでもありましたし、人がごった返すホームで、

そんな目立つことはできませんので、会釈だけして、

言葉は交わさず、エスカレーターに乗りました。

確かにブログでは、仙台公演を観にくれば、と書いたけど、
本当に、仙台に来てたんだ・・・。

下りの途中で、後ろから、

ドカドカとエスカレーターを降りて来る足音がしたのです。

その記者でした。

「仙台、素晴らしかったです!!我々も心を入れ替えてASKAさんの状況を伝えたいと思っています。一言で構いません、コメントをください」

その時、マネージャーが間に入りました。

「やめて下さい。他のお客さんが乗られてるエスカレーターで、事故があったらどうするんですか!?」

それでも、マネージャーの制止を振り切って、僕にコメントを求める記者。

エスカレーターを降りて、マネージャーが、記者に対応している間に、
僕は、もう1人の会社の人間と、車に乗り、

後ろから誰もつけて来ていないのを確信し、事務所へ戻りました。

きっと今回、どこに、そして誰に取材を申し込んでも断られ、
とうとう、

最後に僕のところへ「アポ無し突撃取材」をしに来たのでしょう。

僕は、何も答えませんでした。
今週号には、記事は出ていなかったようです。

複数に別れた取材を繰り広げても、

誰1人取材に応じなかったようですので、

記事にはならなかったようですね。

ASKAに近しい関係者」や「ASKAをよく知る業界人」などという手が、もう、使えないのを一番良く分かってるはずです。

○○の○○さん、あなたも○○の看板を背負って取材に来てるなら、
人で溢れかえるJR構内で、

許可なく取材をしてはならないことは知ってますよね?

本当に、誰かが怪我をしてもおかしくないくらいの勢いで、
エスカレーターをかけ降りて来た。

同じ業界人なら、まず、事務所を通すことはルールですよね。
僕には、

「感動しました!!」

と、言ってくれたけど、女性マネージャーには、

ASKAさんが仙台に見に来いと言ったから観に来たんじゃないですか!!」

そんな豹変ぶりを見せられては、取材にもなりません。
コンサートを観て本当に感動してくれたなら、
それをウチの会社に、そしてマネージャーを通して、
取材の申し込みをするべきだと思います。

○○記者さんは、

週刊誌ならどんなことをしてもいいと考えているのでしょうか。
週刊○○さんは、そういう教育をされているのでしょうか。

ただね、もう世間は、記事の内容だけでなく、

あなた方の取材方法についても
疑問を持ち始めていますよ。

自らの自由な取材、言論活動の首を絞めていっていると思いませんか?

もっと、記者精神を大切にしようよ。

僕は、今、与えられたチャンスと言っても過言ではない音楽活動を、
一生懸命やっています。

少々のネタになるようなことくらいはあるでしょう。
そんなものは誰にだってある。
でも、僕の音楽活動に支障をきたすような事にはなりません。

もちろん、書き方で、どうにでもなるでしょうが、
僕は、ここでその説明を、誤解なくすれば良いだけです。

それで終わりです。

仙台まで、観に来てくれてありがとう。
あなたの目が真っ直ぐなのは、ちゃんと感じましたよ。

P.S
僕の福岡の実家で、
ASKAさんのお姉さんですか?」

と、また別の記者さんが質問した女性は、僕の姪っ子です。
姪っ子は、60 歳以上に見られて、ショックを受けていましたよ(笑)

◯◯記者さん、

ドンマイ!

です。

 

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ASKA

アーティスト

最近、ベスト盤や、ソロのリミックスバージョンをリリースしたことで、
インタビュー、取材を受けています。

その中で、

「音楽との出会い」

を、聞かれることが多いですね。

取材をされる方も、世代交代が行われていますので、
僕にとっては語り尽くして来た話題ですが、相手はそうではない。

僕のことを知ろうとしてのことですので、
僕も、そこは丁寧に答えています。

「アーティストとしては〜」
「アーティストにとって〜」

な、質問もよく受けますね。

そもそも音楽家を「アーティスト」と、

呼ぶようになったのはいつからなんだろう?

僕がラジオをよく聞くようになったのは、中学時代かな?
深夜放送です。

それを聞いていないと、話題についていけなかった。

千歳に住んでいる頃ですから、当時、札幌「STV放送」の

アタックヤング」を、夜中、朦朧としながら聞いていました。

その頃、歌手とは、

「歌謡曲」を歌っている人のことを言ってましたからね。

それでも「高校生」になると「ミュージシャン」と、

言われる人たちが出て来ました。

高校は札幌でしたので、
剣道をやっていた僕は、深夜放送を聞くことなどできなくなっていました。

朝は7時過ぎのバスに乗っていましたので。
早朝練習があるときには、6時台のバスでした。

帰りは、先輩の防具、そして剣道着、袴(はかま)をたたみ、

部室の掃除を終えて、家に帰り着くのは、10時過ぎでした。

1日も休みはなく、日曜日も稽古に行ってましたね。

そして、父の転勤と、
当時、九州だけで行われる高校生の大会、

玉龍旗(今では全国大会になっている)」に出場するために、
福岡に戻りました。いわゆる転校生として。

その後、訳あって剣道をやめてしまった後、
また、深夜放送に巡り合うわけです。

当時は、ニッポン放送オールナイトニッポン」が、

大ブームだったですね。

その日のパーソナリティは、

かまやつひろし」さんじゃなかったかな・・・。
うん、ここは定かではありません。

その番組中に、何かのプレゼントがあったのです。
そこで、初めて「アーティスト」という言葉を知ったのでした。

「あなたのお好きなアーティストを1人書いて送ってください」

あーてぃすと・・・?
アーティスト・・・?

し、知らんがな・・・。

使ったことのない言葉でした・・・。
調べましたよ、

「国語辞典」で。

そこには、

「芸術家」

と、書いてありました。

芸術家を「アーティスト」と言うのか・・・。

なーんだ、芸術家か・・・。

それなら知ってるわ。

ハガキに書きました。

「レオナルド・ダビンチ」・・・。

おそらく、ハガキを見た人は、

「こいつ、狙ってんのか?」

と、思ったでしょう。

いえいえ、

「マジ」ですから。

知ってるアーティストの名前は、そのくらいだったのです。

そんな高校生が、今「アーティスト」と呼ばれています。

いいですよ。
僕を、ASKAと呼んでくれても。

イレブンでも。

レオナルド〜!!!

でも・・・。

知らんがな・・・。

 

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ASKA

仙台公演終了

仙台のお客さん、本当にありがとう。

今日、リハーサルで、いつもよりまして、本気で歌ってしまい、
何度も、ステージプランナーの大久保から、

「おさえて、抑えて」

と、ストップをかけられ、それでもつい本気で・・・。

結局、本番では、すっかり声が割れてしまうという
馬鹿さ加減を、見せてしまいました。

しかし、気迫でステージに挑みましたので、
気持ちは、

「やりきった」

という感覚になっています。

声の出ないところを、

「オーディエンスがカバーして歌ってくれる」

という経験をさせていただきました。

もう3回目を観ているビルボードスタッフが、
お客さんの温かさに感動して、

ステージ裏で涙ぐんでいたこともお伝えしておきますね。

次は、12月3日「国際フォーラム」ですね。
このリハーサル癖は、きっと治りませんので、

リハーサルから観てもらいたいぐらいです。

仙台のお客さん、
ありがとう。

本当にありがとう。


ASKA

久しぶりの「東北新幹線」

なんだ?
なんだ?

何事・・・?

駅構内は、ものすごい人でした。

どんなに注意しても、人にぶつかってしまうのです。

「すみません。ごめんなさい」

を、繰り返しながらホームまで上がりました。
日本の人口、本当に減ってるのでしょうか?

など、思っていたのですが、この国「三連休」だったのですね?
いつの間に?

18時過ぎに、仙台到着。
そのまま、会報誌「Fellows」の取材を受け、今、ルームサービスの、
ビーフカレー」待ちです。

部屋の窓からは、「仙台タワー」が、見えます。
ホワイトを基調にした、品の良いタワーです。

今調べてみましたら、このタワー、色が変わるらしいですね。
現在は、ホワイトです。

と、書いていたら、いくろうちゃんが部屋にきました。

「人、凄かったでしょう」
「すっごかった!」
「三連休って知ってた?」
「え?まぁ・・・。一応・・・」
「あ、そうすか・・・」

テレビでは「柔道」をやっています。
東京オリンピック代表選手をかけての大会ですね。

僕は、明日にかけますよん!

 

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ASKA

「文○」さん、福岡に行ってます。

本当にご苦労様です。

「文○」は、北海道の後、福岡に飛んでます。

記者は、「700番」で登場した、超簡単に、あっと言う間に、僕との約束を破って、
僕を嵌めた男です。

ASKAバンドで、コーラスを担当している福岡の一木から、今、連絡がありました。

一木の奥様と、インターフォンでの会話だったそうです。

「今、ご主人はツアーに行かれてるんですか?」
「いいえ、行ってません」
「今日は何時頃、お戻りですか?」
「わかりません」
「明日は、何時頃仕事に出かけられますか?」
「わかりません」

さて、これをどう書くのでしょうね。

ほうぼうに出没しないで、26日の仙台のライブを観にくればいいのにね。
もちろん、ちゃんとチケットを買って。

ソールドアウトを記事にしてもつまらないわけです。
お客さんが入ってなくガラガラの状態なら、喜んで書くと思います。

まだ、「700番」を読まれていない方は、
ぜひ「700番」を読んでみてください。

その意味がわかりますので。

ま、でも大変な仕事ですよね。
それは本当にそう思います。
移動の苦手な僕には耐えられませんから。

2014年の記事は、この記者によるものです。