ヒアルロン酸ってすごいね。

世界で初めて「飲むヒアルロン酸」を開発した人と知り合いまして、

2週間ほど前に、そのサンプルを送っていただいたのですが、これ異常にすごいです。

 

肌がつるつるになるし、睡眠不足でも疲れません。

 

それを、開発者に報告したところ、

まさにそういう効果があるとのこと。

 

今、健康管理において、水素以上のものはないと言われていますが、

その水素生成機も、その開発者が開発したものでした。

 

先日、水素は偽物だという発表がありましたが、

偽物ではなく、偽物を作っている会社が溢れており、そういう会社の製品が、偽物として発表されたのだということを知りました。

 

コンビニなどで売られている水素水なども力はあるのですが、キャップを開けるのと

同時に、一気に飲まなくては意味がありません。

すぐに、普通の水になってしまいますので。

 

いやぁ・・・飲むヒアルロン酸はすごいわ。

 

ASKA

 

 

ライブハウスからスタジオ、そして今、帰って参りました。

自分の与えられた時間を、思い思いに埋めてゆく。

とても良い時間でした。

 

昔は、アマチュアというと、若い人たちばかりでしたが、今は、そうではありません。

 

40代の「音楽をやることに意味がある」と言わんばかりの、熱唱を観てきました。

オリジナルやカバーなど、銘々に音楽を楽しんでいました。

楽しんでいる人を観るのは、楽しいですよね。

 

やはり、原点はそこにありました。

昔から、発してきたことです。

 

「自分が楽しくなけりゃ、観ている人が楽しいはずがない。」

 

改めて、そう思いました。

 

ライブハウスを出る間際、一人の若者がステージに上がりました。

僕が来ていることに気づいた彼は、僕の歌を歌うと。

流れてきたイントロは「FUKUOKA」でした。

完コピだったですね。お世辞ではありません。本当に上手かった。

歌心、抜群でした。一緒に写真を撮って別れました。

 

それから、スタジオに行くと、ガーナ人と日本人のハーフのシンガーが居ました。24時手前だったのですが、何やら、どうしても今日中に歌入れを完成させなくてはならないとのことで、僕たちの到着を待っていました。とても興味が沸きましたので、レコーディングに立ち会いました。驚きです。声の安定感、ピッチ、リズム、表現力・・・。どれをとっても素晴らしい。僕は、いつの間にか、そのレコーディングに参加していました。

 

19歳の彼女の声は、そのうち日本中に広がって行くでしょう。

僕は、楽曲を書くことを約束し、彼女は、満面の笑みでスタジオを後にしました。

 

僕の感覚ですが、若い人たちは、無機質に歌うことで若さを強調しているように感じていました。それも、時代のものと受け止めてしまえば、そういうものなのでしょうが・・・。

 

しかし、最近、少しずつ変わってきていますよね。表現や抑揚に目を向けた歌い方に戻ってきているような気がします。

 

音楽は、細部まで計算された構築物か、または計算のできない感情による表現物のどちらかだと思っています。聴き手の心を動かせるものであるなら、どちらも正解でしょう。

 

良い歌を聴くと、幸せになります。

と、いう思いを忘れずに、頑張らなくては。

いや、楽しまなくては。

 

さて、今日は昨夜と違って、もう朝方となってしまいました。

おやすもうかね。

 

あ、それから、ざっとコメントに目を通したのですが、

僕は、余程のことがない限り、ブロックすることはありません。

 

以前も、僕が「はてな」に云々というコメントがありましたが、僕はまったく知りません。

 

僕に対する否定的なコメントは、甘んじて受け入れています。

みなさんに対して、必要以上に悪影響を及ぼすと思われると感じたものだけに反応させていただいております。

 

普通は、まずやりません。

今日は、初めて、気になる画像を使用している方がおられましたので、速やかに処置をさせてもらいました。

 

いろんな意見があって当然。

そのための解放ですから。

 

どうか、勘違いをなさらず。

僕は、あなたをブロックなど、していません。

何か、不具合でも発生しているのではないでしょうか。

 

と、書いてるうちにこの時間。

本気で、おやすむよ。

 

ASKA

 

ええ。

このブログにも、犯人は混じっていますよ。

数人いるのですが、今日初めてひとりブロックいたしました。

 

以前、再三書き込んでいた、

 

ASKAさん、いま○○は転売が〜」

 

と、いうのもそうです。

 

そのリンクを張っていたサイトの調査をいたしましたところ、全て足取りがつかないページになっていました。

 

そのページで、彼たちが、唯一伝えたかったこと。

「このゲームを作るのに数千万かかった」

のだそうです。

 

ご苦労さんです。

 

僕の他にも、見られた方がおられるのではないでしょうか?

 

あのサイトに貼り付けられていたインタビューは、

全部、偽物です。

取って付けただけです。

 

あの「転売が〜」を書き込むためにアカウントを取得し、それを書き終わると、すぐに退会して身元を判らなくしておりました。

 

5.6回、もっとですか?

同じことを繰り返していました。

ご覧になられていましたよね?

 

あれが、彼たちのやり方です。

 

とにかく、この国は遅れています。

 

先日、僕のパソコンのフォルダに、信じられない名前のフォルダが作られておりました。

以前も、あったのですが、見つけられてことを感じ取って、すぐに目の前で消滅してしまいました。

 

今回は、消滅も想定内でしたので、すぐに写真を撮り、その証拠を別のディスクに保存いたしました。

 

これが世の中に発表されるだけでも、話題を呼ぶでしょう。

 

あの、自称ITジャーナリストは言っていました。

 

「OSを、変えればいい」

 

そんなことは、5000年前にやっています。

 

4月から、本当に忙しくなります。

やらなくてはならないところに来ているのでさょう。

 

ASKA

 

 

 

気なるコメントがありましたので。

そのとおり、盗聴盗撮集団はアウトローです。

 

本にも書きましたが、彼たちは「こういうことをやって楽しもう」と、いう集団です。

 

数年前には、彼たちにも大義のようなものがありました。僕が、悪いことをやっていましたので「天罰を与える」と、いうことで、一気に仲間を増やしました。

 

実際、ブログ上で「まだ、やってるのか。捨てろ。」と、投げかけてきたこともあります。僕は、その指示に従いませんでした。逆に「何としてでも、奴らをあぶり出してやる」と、いう境地に陥りました。

 

彼たちは、盗聴盗撮で得た「声」や「画像」を使い、それをDJが、集まった客に、聞かせる、見せるという企画を組んで、楽しんでいます。そこに、もう「大義」はありません。

 

その仲間は、僕が確認しているだけで92人居ます。ウェブ調査サイトで追いかけ、判明した人数です。わずか1週間前の出来事でしたが、昨日、もう一度確認しようとしたら「そのようなサイトはありません」と、なりました。現存するサイトであり、誰でもアクセスできるのですが、もう確認できなくなりました。

 

僕が、調査していることに気がつき、もうこれ以上、調査させないように、そういうスクリプトを開発したのでしょう。

 

執拗に、僕を追いかけているブログがあります。

 

そのブログでは、12月21日の書き込みが興味深かったですね。

みなさん、ご存知のように、僕が釈放されたのは12月19日です。

 

その21日のブログでは、その出来事に対し、大いな不満を述べています。

 

『「炎上商法」と呼ばれてもいい』

「二日間、何も書けなくなってしまっていた」

と。

 

僕を監視している彼らを、僕が監視しているため、動き、発言は、徹底的に慎重です。

 

どうとでも読める書き方をしています。

 

これは、長年の彼らのやり方なのです。

 

現在、彼らは発言を撤回し、

「(僕が)捕まるより、このままみんなで楽しむことにしよう」

と、仲間を増やし続けています。

 

僕が、何もやっていなくても、やり続けていますので、これはもう、犯罪以外何ものでもありません。

 

彼らは「ハイリングテンプル」に根城を構え、自分たちのことを「貧乏集団」と、呼んでいます。

 

僕は、もう10年ほど前に気がついていますので、長いバトルを繰り返しています。

 

ここのコメントにもありましたが、彼たちは、僕の銀行口座、パスワードも知っていますが、決してそれらに手を付けることはしません。完全な愉快犯です。

 

しかし、その愉快犯たちは、殺人を犯してしまいました。

 

彼たちは、取り返しのできないことをしてしまった事実を苦しんでいましたが、今では、その殺人の犯人を僕にすり替えようとしています。

 

結局、新しい仲間たちは、それを信じていますので、僕を監視、そして追いかけることに「大義名分」を持っているのです。

 

警察も、すでにそれを知っています。

 

しかし、彼らの功名な手口には、決定的な証拠と呼べるものがないため、動くに動けないのだと説明してくれました。

 

先日の、自称ITジャーナリストもそうですが、

とにかく、世の中は、時代に追いついていない感が半端ありません。

 

「今、巷ではこんなことが行われている」

 

これは、もう僕に与えられた仕事だと思っていますが、僕のスキルでは対抗できません。なので、先日ログインパスワードを書き換えられた2台のパソコンを修理に出していないのです。

 

パソコンにはコンソールというものがありまして、そこには侵入痕跡など、すべてが記録されています。

 

これを、どう使うか。

 

僕には、まだ、いくつか手法がありますので、

時間をかければ、言い逃れのできない、つまり特定ができるでしょう。

 

なんで、そこまでやるんだ?

無駄なことに時間を費やすだけじゃないか?

 

いえ、安心して音楽をやるために必要なことなんです。

 

ASKA

 

良く言います。

『「40歳を過ぎると」「50歳を過ぎると」「60歳を過ぎると」、ある日、突然、ガクっとくるよ。』

 

僕は、まだ、それを一度も経験していません。

 

しかし、誰もが言うことなので、いつかそれは来るでしょうし、それは本当のことなのでしょう。

 

周りを見ると、確かにそう感じとれる人もいます。

 

これは持論なのですが、それは病気と関係しているのではないかと思っています。

 

普通に生活をしていて、突然ラインを越えたようにそうなるのはあり得ないと思っているからです。

 

たとえ、風邪であっても身体に影響を与えることは大です。

 

ガクッとなる、その区切り目には、必ず病気があるはずです。

病気をする度に、身体が老け込んでいくのではないでしょうか?

 

僕は、大きな病気をしたことがありませんので、いまのところ、それを経験していないのだと思っています。

 

さてさて、夜更かしも病気の元でしょうから、そうならないために、そろそろおやすむね。

 

ASKA

 

あ、その発想もありですね。

みなさんの推理。

 

そのうち、ヒットするグループも出てくるでしょう。

 

そうなると、また、マスコミがフライングしかねません。

 

ここは、ぐっとこらえて「あのグループ」で、いいじゃないですか。

 

そんなに当たらないとは思いますが。。。

 

ASKA

数ヶ月前。

明け方に、夢を見ました。

 

あるグループが、アリーナ上で、ところ狭しとライブをやっているのです。

会場の熱気はすさまじかったですね。

 

僕は、そのグループの音楽プロデューサーをやっていました。

 

目が覚めると、すぐに、そのグループのひとりに電話をしました。

しかし、留守録だったのです。

 

「これは◯◯さんの電話でしょうか? こちらの名前をお伝えできず、申し訳ありません。折り返し、お電話をいただけますでしょうか?」

 

電話は、かかってきませんでした。

 

連絡を取る間が、しばらく続いてしまいますと、双方が電話番号を変わっていることも珍しくないため、このように、不審者のような形でメッセージを残すことがあります。

 

その夢も、突然であり、唐突だったのですが、僕には「そうなる」(大変な盛り上がりになる)という、確信がありましたので、迷うことなく連絡をしてみたのです。

 

先日、偶然、友人を介して、そのグループのひとりから「お会いしたい」と、連絡がありました。

 

正夢ってあるんですね。

 

そのグループの活動に際しましては、いろんな障害がありますので、彼らの熱意と、僕の確信で、目の前の道を切り開いてゆければと思っています。

 

ダメになってしまったときには、また、次の時期を考えればよい。

 

4月から、本当に忙しくなります。

自分の楽曲を書くよりも、面白い気がしています。

 

音楽で、世の中を幸せにする。

これに文句を言う人はいないでしょう。

 

ASKA

 

 

シードラーkaoliさんへ。

女子プロレス「シードリング」へのお誘い、ありがとうございます。

 

僕は、みなさんご存知のとおり、格闘好きですので、

比較的、時間のある今、非常に興味があります。

 

ただ、16日は、東京に居ないのですよ。

 

その辺りは、しばらく居りません。

 

いつか、タイミングの合った際には、ふらりと寄らせていただきたいなと思います。

 

プロレスリングに関しましては、いろいろ世間で語られていますが、ガチでもショーでも良いのです。

技とは、練習の成果です。

 

リアル格闘技には、先の読めないスリルがありますが、

それとは別に位置するものには、エンターティメントとしての面白さというのもあります。

繰り出す技の応酬に、唸る場面があります。

 

並の身体では、到底行えないラッシュがありますからね。

 

昔、力道山が、日本にプロレスリングを創設したときに、

戦争の敗戦で沈みこんでいた日本人に、多大なる勇気をもたらしました。

 

小さな日本人が、大きな外国人をバッタバッタと投げるわけですから。

僕の家には、もう物心ついたときにテレビがありました。

 

プロレスの時間になると、いつも、知らない人たちが我が家におりました。

街では、電気屋の前においてある1台のテレビに向かって、人だかりができていました。

それは街頭テレビと呼ばれていました。

 

僕の格闘好きは、3歳のころまでに植え付けられたようです。

「シードリング」ですか。

プロの肉弾戦、楽しみにしていますね。

 

 

ASKA

 

 

それから、

勘違いをして欲しくないところがあります。

 

今日の、自称ITジャーナリストも、とんだ間違いを発言しておりましたが、

バッテリーを外した携帯電話にはアクセスなどできません。

 

あの頃、僕はしばらく携帯のバッテリーを外して生活をしておりました。

が、ある日、それでも盗聴が始まったのです。

 

そんな時に思い出したのが。パソコンでした。

パソコンからやられていたのです。

 

つまり、バッテリーを外した携帯電話からやられていたのではなく、側にあったパソコンからやられていたということです。

 

僕がネットで1巻を公開したとき、同じような勘違いをされいた方が多かったのですが、あの1巻をコピーされておられる方は、もう一度読んでみてください。

 

僕は、そんなことは書いておりません。

読まれた方が間違えただけです。

 

結局、勝手に間違えた内容が広がり、僕の妄想と決めつけられてしまいました。

あの自称ITジャーナリストの発言は、その間違った書き込みを鵜呑みにしただけのことです。

 

ここは、ちゃんと説明させていただきますね。

 

ASKA

いろんな考え方があります。

僕は、この本を「告白本」「暴露本」とは、位置づけしていません。

 

これは「私小説」です。

 

「バイキング」のコメンテータで、自称ITジャーナリストは、本を読んでいません。

インターネット上の書き込みを、鵜呑みにしているだけです。

どこまでも浅いですが、それが、世の中なんだと思います。

これは、もう仕方がない。

 

僕の盗聴盗撮は、薬物と出会う2年前から始まりました。

その2年間を、妄想と決めつめるのには無理があります。

 

パソコンは数台持っていますが、遠隔操作により、2月には、2台のパソコンのログインパスワードが書き換えられてしまいました。

それらのパソコンは、思うところがありまして、現在、修理に出していません。

 

これまでネット接続をしていなかったパソコンで、これを書いています。

 

昨年は、さる機関に、

「絶対にネット接続だけはしないでください。」

と、パソコンを差し出したのですが、機関はネット接続をしてしまいました。

 

証拠のデータは、すべて消去されてしまいました。

それは、向こうも認めています。

大丈夫です。バックアップをとってありましたので。

 

まぁ、気長にやって行きます。

いろんなことに、しっかりと答えを出せるようになってきました。

 

僕への肯定者は、富みに増えてきました。

あの頃とは、もう違います。

 

ただですね。

目の前には、音楽の仕事が山のように積まれていますので、

まずは、それをやることがいちばんです。

 

可視光線、エルフ、ASKA「Too many people」発売記念特別回・・・。

 

隠れていないで、堂々とやれと言いたいのです。

 

もうすぐだ。

 

ASKA

 

 

 

 

 

カラオケ

カラオケ

 

 

むしろ歌った後で後悔することの方が多い

勝手にイントロが流れマイクを手渡されるのだ

 

行かなければ済む話なのだが

付き合いというものはその隙を与えてはくれない

 

他人が歌っているのを見るのは楽しい

そこには責任がないからだ

 

お酒の席は嫌いじゃないが

カラオケはどうしても好きになれない

 

出し惜しみしているのではない

心と身体がすり減ってしまうのだ

 

もっと気楽に受け入れれば良いのだろうが

軽く歌って「こんなもんか」と思われたくはない

 

もともと聴き手との距離が近いほど

緊張は増す

 

その昔

デビューしてまだ間もない頃だった

ステージを終えた後

知り合いに連れられてスナックに行った

 

そのスナックは僕が訪れることを知ったお客さんで満杯だった

まだ対応など慣れていなかった頃だ

みんな色紙を持っていた

 

僕はひとしきりサインを書き終わると

翌日のこともあり席を立とうとした

 

そのとき僕の曲のイントロが流れ出したのだ

ステージで歌った後は急速に喉が冷えてゆく

まして冷たいものを飲んだ後では歌えない

 

僕はマイクを持たされたまま

苦笑いで断り続けた

 

カラオケは1番を終わり2番になった

お客さんは手拍子をする

 

そしてとうとう最後まで

ひとフレーズも歌わないまま曲は終わった

満員のお客さんたちの不満顔が見える

 

店を出るときだった

ママさんから手を握られ

「応援はしていますが、本当に感じが悪かった。

うちの店のカラオケでは歌えませんか。

こんなにファンが集まっているのに」

と真顔で言われたのだ

 

集まったお客さんから見れば

本当に感じの悪い行為だっただろう

僕は謝罪をして店を出た

 

カラオケにはトラウマがある

よほどのことがない限り歌うことはない

 

歌うときは真剣だ

ステージの上だけでいい

明日、また「あの日」をくぐり抜けるのですね。

昔の人たちも、自らの経験を未来の僕たちに伝えようと、一生懸命だったのだということを、震災の後に知りました。

 

ここまで津波が押し寄せたのだということを、いろんなところに記していました。

 

しかし、時代はいつも新しいことを優先してしまいます。

昔の人たちの記したものを、新しいことが塗りつぶして行きました。

 

それでも、戦争だけはやってはならないということは、受け継がれています。

間もなく、その「語りべ」も、この世から居なくなるでしょう。

 

あの当時の、悲しみや苦しみの温度の100%を、僕たちが未来の人たちに、語ることは無理です。

どんなことも、伝え聞いたことでしか、ないのですから。

 

人の世とは、儚くも、そういうものなのでしょうね。

 

幸せの向こう側に悲しみがあるように感じてしまいますが、

幸せと悲しみはセットなのだと思います。

風にめくられるときもあれば、自らめくるときもある。

何が起こっても不思議はない時代の延長上に、未来があります。

 

「今、時代が変わった」という、感覚は、誰もが持っているのでしょうが、「今、風化が始まった」とは、決して思いません。

 

伝えられるところまでが、その時代を生きている人たちの役目なのでしょう。

 

明日で、7年目です。

彼が、学生であるならば、大学4年生になるのですね。

もう、何度観たかわかりません。

 

素晴らしい「答辞」でした。

Youtubeで観ることができます。

 

卒業式・東日本大震災

 

これは、伝えるべき作品だと思うのです。

 

ASKA

アイドル。

アイドル。

好きですよ。僕は。

 

世の中には、なくてはならないものだと思っています。

時代の象徴として、常にアイドルがいます。

 

アイドルとミュージシャンに線を引いて、ミュージシャンを「本物」と、呼ぶ傾向が常識となっていますが、

 

「アイドルには勝てないなぁ・・・。」

 

と、いう気持ちがいつもあります。

 

それを、いちばん強く感じたのが、東北の震災のときでした。

僕は、常々ステージでも語ってきましたが、あのとき僕は、動けなくなってしまったんです。

この国の誰もが、同じことを考えていました。

 

「自分にできることは、何かないだろうか・・・。」

 

この国が、紛れもなくひとつになった瞬間でした。

 

そんな時、被災地の、とある体育館に、「AKB48」が、現れたんですね。

沈みかえっていたこの国に、元気の泉のように現れました。

あの時、被災者となっていた、小、中、高生の顔は忘れません。

本物と呼ばれている、どのミュージシャンにもできないことを、一瞬にしてやってのけました。

 

本当に、思いましたねぇ。

 

「この国に、この時に、AKB48がいてくれて良かった。」

 

アイドルもプロです。

世の中を喜ばせるのに、アイドルもミュージシャンもありません。

 

そこに居る人を幸せな気持ちにする。

 

そんな音楽を作っていきたいなと思っています。

だって、

Beatlesは、世界中のアイドルですから。

 

ASKA

 

付録

付録

 

 

子供の頃

月刊雑誌の付録が楽しみだった

 

まともに組み立てたことのない

子供の科学物シリーズ

 

それがあるだけで

得した気持ちになったのだ

 

キャラメルを買うときもそうだった

キャラメルよりも

何が入っているか分からないオモチャに魅力を感じていた

 

僕はCDをリリースするとき

「先行予約特別仕様」というものを嫌った

 

なぜなら

最初に買ってくれたリスナーと

最後に手にしてくれたリスナーとに違いをつけたくないからだ

 

「それではイニシャルが稼げない」とレコード会社は言うが

かたくなに断った

 

自分の価値がそんなもので決まるなら

その程度のアーティストでしかないと思っていたからだ

 

いまでは配信の広がりで

そんな話はしなくて良くなったが

ある日

月刊雑誌の付録で得たあの頃のわくわく感を思い出した

CDの発売を待ってくれているリスナーに

楽しみを感じる付録があっても良いのかなと

 

僕の気持ちは

するりと向こう側に回った

 

この次は何か考えてみます

待っていてください