昨日、バイキングは、
「僕」と「井上公造氏」「ミヤネ屋」との裁判の判決を取り上げました。
判決結果だけを取り上げた番組が多かったなかで、
「バイキング」は、踏み込んだ内容を、実に堂々と取り上げました。
Yahoo!のコメントを読みましたが、本当に見当違いなコメントで埋め尽くされてますね。
コメントをしている彼たちは、あの日、「井上公造氏」「ミヤネ屋」に対し、
「日常のはけ口」とも言える非人道的な言葉を使い、それをぶつけていた人達でしょう。
今回のことは、どう考えても「井上公造氏」「ミヤネ屋」に非がある。
だからこそ裁判長は、支払命令をした。
それを検証した番組のどこが悪いのでしょう?
ニュースは事実だけを伝える番組。
ワイドショーは、コメンテーを交えて話を展開する番組。
その「バイキング」に否定的なコメントをしている彼らも、
「井上公造」氏、「ミヤネ屋」を、正しいと思っているはずがありません。
あのようなコメントをしてる彼らこそが、
僕が「700番」で語った「大衆」なのです。
「流れ」に乗っかる人たち。
事実を知ろうとしない人たち・・・。
興味本位の一部のメディアの書きっぱなしを、さも真実かのように信じる。
彼たちは、そういったメディアの、実にありがたいお客さんなわけです。
元々、僕は「ミヤネ屋」を訴えたつもりだったのですが、
いつの間にか「ミヤネ屋」を制作している「読売テレビ」の、
「法務担当」が、提訴を引き受けた形となりました。
「ミヤネ屋」の制作に関わった人たちは、傘に隠れるという形を取りました。
ですから、「読売テレビ」が謝罪をし、「ミヤネ屋」は、他人事のような顔をしたのでしょう。
坂上さんは、僕に迎合する人間ではない。
だから、彼を信じられる。
第一、僕に迎合する理由が坂上さんにはないでしょ。
僕は、彼と3時間強、話をして、そう感じました。
会話の中で、彼が、もし僕に疑問を持ったとしたら、すかさず、そこを突いてくる人だと確信しています。
あの3時間の中で、そういう場面も確かにありました。
僕は、それに対し逃げることなく話をした。
最初、食事を申し込んだ時、坂上さんは、
「僕は、情報を伝える仕事をしています。今、ASKAさんと親しくなるわけには行きません。
もし、食事をするとするならば、バイキングのプロデューサーを同席させてください」
最もだと思いました。
その時間の中で、分かり合える部分があったとする。
その上で、僕の居ない場所において、彼の視点での僕の考え方を発言することは悪いことでしょうか?
この経緯を知らないYahoo!コメントは、「ナンセンス集団」としか思えない人たちで埋め尽くされていました。
コメントの流れ、空気に反応してるだけで、しっかりとした自分を持たず、多数派になろうとする。
決して、少数派になろうとしません。
これこそが大衆なのです。
しかし、世の中、大衆が動かしていますし、大衆になることは悪いことではありません。
世間とは、そういうものです。
多数派になることで「自分は間違ってはいない」と、安心するのが大衆です。
あの坂上さんとの時間の中で、僕はいろんなことをお話しいたしました。
昨日の放送では、彼は、先日の判決を自分の視点で発言した。
僕は、裁判に勝ったわけですので、それを踏まえた話をするのは当然だと思うのです。
僕よりの発言をしたわけではない。
彼の視点、考えを話しただけです。
もし、判決に対して疑問を持ったならば、
フラットな彼は、遺憾無く自分の発言をしたでしょう。
だから、信じるに値する人間なのです。
僕は、彼になら何でも話ができるな。
自分の意見をしっかり持ってる人だからです。
印象的な言葉がありました。
「僕は、いつも発言するにおいて、活動生命をかけています。
明日はないと自分に言い聞かせて発言しています」
今日のブログは、一見、坂上さん、バイキングを擁護しているように見えるでしょう。
それはないな。
もし、彼が、僕の発言、行動に疑問を感じたら、
僕に対して、容赦無い言葉をぶつけてくるでしょう。
バイキングは、僕を取り上げるにおいて、
毎回、前日に内容に間違いがないかを連絡してきてくれます。
そんな番組ありません。
間違いを放送したくないからです。
その内容に対して事実関係の確認があります。
僕が、どう答えようとも、僕に有利な発言と感じたなら、
それは放送しません。
時々、コメンテータに対し、辛辣な発言をすることがありますが、
それは、彼の「フラットな立場、そして発言を貫きたい」という、表れだと思っています。
彼は、まだまだ、僕と二人で会うことはしないでしょう。
それは、情報番組を扱う彼のスタンスだからです。
世間はバカじゃない。
しかし、純粋すぎるほど、誰かが発した一言に影響されやすいのも事実。
僕は音楽で、そこに触れる活動を続けて行きたいと思っています。