「八神純子」

昨日は、友人の「八神純子」ちゃんのライブに行ってきました。

コメントを拝見すると、「Fellows」にも行かれていた方がいらっしゃいましたね。

不思議な気持ちで観ていました。
C&Aが、まだアマチュアで「ポプコン」に出場していた頃、
純子ちゃんは、もう大スターで、貫禄のオーラが眩しかった。

ポプコンからデビューするアーティストのほとんどは、
YAMAHAプロダクション」所属でした。

僕がデビューしたての頃は、「八神さん」って呼んでたな。
とても、とても近寄れる存在ではなかったのです。

あの頃、僕らは、まだ学生で福岡ー東京を行き来していました。
渋谷公園通りの坂を上がったところにあるホテルがYAMAHAアーティストの定宿でした。

取材も、よくそのホテルのラウンジでやってましたね。

ある日、フロントにメッセージがあったのです。

「デビュー曲聴いたよ。素晴らしい曲だね。
私たちは同じ年。これから一緒に会社を支えて行こうね。八神純子

嬉しかったなぁ。

以前、ここで書きましたが、ツイストの「世良公則」さんからも、同じことを言われたのでした。

「これからは、チャゲ&飛鳥の時代だ。俺たちをゆっくりさせてくれ(笑)」

その頃、YAMAHAは、

中島みゆき」(敬称略)
「ツイスト」
八神純子

などが並び「YAMAHA黄金期」であり、
音楽業界の中心でした。

純子ちゃんとは、レコーディングエンジニア「石塚良一」が、同じでしたので、
いつの間にか、その距離も近くなり、同じ年であった僕は、純子ちゃんを「純子」と呼ぶようになりました。

僕が、C&Aの活動を休止し、ロンドンに渡った頃、
純子が、ロンドンの自宅に遊びにきてくれたんですよね。

ロンドンに住み移り、まだ、知り合いは一人しかいなく、
楽器のセッティングにしても誰も頼る人がいなく、一日中、一人でケーブルと睨めっこしていました。

本当に、心細さでいっぱいだったんです。

そんな時に遊びにきてくれた純子。
どれだけ嬉しかったか・・・。

昨夜の純子、
僕は客席で、一瞬、自分がアマチュアだった時の感覚になり、
あの頃の「八神純子」のステージを観ているようなタイムスリップ感を味わいました。

その上で、改めて、

「純子、すげーなぁ・・・」

と。

いつしか、結婚してお子さんが生まれ、
大きな音楽活動からほぼ離れ、15年近くブランクができてしまいました。

その後、

「やっぱり、私は歌が歌いたい」

と、歌の世界に戻ってきたんですよね。

15年前後のブランクがあっても、昨日の純子はあの頃の声と、まったく変わらない。
こんなシンガーいるでしょうか?

ライブの前半は、シンガー八神純子の実力をまざまざと見せつけ、
後半からは、大ヒット曲のオンパレードでした。

ヒット曲を持ってるアーティストは、お客さんが何を望んでいるのかをちゃんと自覚する必要性があり、
それを歌うことで聴き手を誘導できるということを再確認。

- お客さんが何を望んでいるのか -

今回の僕のツアーのセットリストは、そうなってると思います。

と、書いていしまうと、これは伝えなきゃ。
今回、「SAY YES」「YAH YAH YAH」は歌いません。

それでも、きっと「望まれてること」に応えることができるセットリストになっています。

昨日のライブの見所は、もう一つありました。

僕は、長いこと「澤近泰輔」と共にステージに上がっています。
もちろん仲間として、業界におけるチカちゃんのポジションも理解してるつもりです。

昨夜、純子のステージでは、チカちゃんがゲストピアニストとして参加していたわけですが、
まぁ、フューチャリングのされ方がすごかった。

「澤近大先生」でしたね。

ユーミン」にとっての「松任谷正隆」さんみたいな見え方。

明日から、「先生」って呼ばなきゃだ(笑)

僕の座っていた斜め後ろに、ギターの「是永(これなが)」が座っていました。
久しぶりでした。

今でも、

「オレはASKAバンドの是永です」

と、言ってくれるやつです。

純子、

「私は80歳まで歌います」

って、言ってました。

うん、純子ならやるでしょうね。
なら、僕は81歳まで。

だって、300歳まで生きるんですから(^^)v

 

www.fellows.tokyo


ASKA